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オーケストラ・アンサンブル金沢定期公演第442回定期公演マイスター・シリーズ延期公演
2021年12月15日(水)19:00〜 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 吉松隆/アトム・ハーツ・クラブ組曲I,op.70b
2) モーツァルト/ピアノ協奏曲第24番ハ短調, K.491
3) (アンコール)横山幸雄/グノーのアヴェ・マリアによる即興演奏
4) グノー/交響曲第1番ニ長調〜第1楽章
5) ビゼー/交響曲ハ長調

●演奏
原田慶太楼指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:水谷晃)*1-2,4-5
*横山幸雄(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

5月29日に行われる予定だった,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスターシリーズの「延期公演」を石川県立音楽堂で聴いてきました。当初の指揮者は,ジャン=クロード・カサドシュさん,ピアノがトーマス・エンコさんだったのですが,コロナ禍の影響で,指揮が原田慶太楼さん,ピアノが横山幸雄さんに交代。その後,5月に入って感染拡大が急拡大し,公演自体が延期...ということでコロナに振り回された公演がついに実現した待望の公演です。



今回登場した原田さんも横山さんもOEKの定期公演に出演するのは初めてでした。横山さんの方は,金沢で何回か公演を行っており,楽都音楽祭にも出演されていたので,かなり意外でした。コロナ禍が生んだ初共演ということになります。原田さんの方は,近年「題名のない音楽会」やNHK交響楽団への客演などで,テレビに登場する機会がとても多いので,こちらも初めてのような気がしなかったですが...私自身,原田さんの指揮に生で接するのは今回が初めてでした。

プログラムは,前半の協奏曲がハ短調,後半の交響曲がハ長調ということで,暗→明の対比が楽しめる構成。そして,最初に演奏されたのは,OEKが演奏するのは,恐らく今回初めての,吉松隆「アトム・ハーツ・クラブ組曲I」(弦楽合奏版)でした。まず,このインパクトの強い作品を1曲目に持ってきた点が原田さんの素晴らしさだと思いました。

この曲は,プログレッシブ・ロックを弦楽合奏で演奏したような4つの楽章からなる組曲で,とっても分かりやすい作品でした。会場は最初から大盛り上がりでした。OEKのメンバーはチェロ以外は立って演奏。この日のコンサートマスター,水谷晃さんや首席ヴィオラ奏者,川本嘉子さんを中心に体をいっぱいに使ったイナミックな動きの連続。水谷さんは,ほとんど海老反り(?)という感じで,音響面での強烈なリズム感だけではなく,見た目でも激しさが伝わってきました。

第1楽章アレグロ・モルトの冒頭からズシッと来るパンチ力とリズム感が感じられました。音の押し出しが強く,バルトークがもう少し長生きして,プログレッシブ・ロックに関心を示したらこういう感じの曲を書いていたかも,と勝手に想像を膨らませてしまいました。

第2楽章アンダンテは,ショスタコーヴィチがもう少し健康的になったらこんな感じかなと思わせる,叙情性と暖かみのある音楽でした。第3楽章スケルツォ:アレグロ・スケルツァンドは,コントラバスのピチカートが粋でした。この楽章以外でも,ダニエリス・ルビナスさんの作る深い音が,文字通り演奏全体のベースになっていました。

第4楽章フィナーレ:アレグロ・モルトは,プログレッシブ・ロックというよりは,シンプルな古典的(?)なロックのように感じました。メロディにはどこかブルースっぽい雰囲気もあり,エルヴィス・プレスリー風のテイストを楽しんでいるような感じに思えました。

この楽章の最後の部分は,全員がアドリブで演奏しているようなカオスの饗宴になりました。チェロ奏者まで立ち上がって演奏するこの部分は特に盛り上がりました(チェロの早川さんが特に楽しそう)。OEKメンバーもお客さんもすっかり原田さんに乗せられて,ロックにはまってしまったような楽しさでした。

続いて,横山さんのピアノとの共演で,モーツァルトのピアノ協奏曲第24番が演奏されました。全曲を通じて,中庸のテンポ感で,大変オーソドックスな演奏だったと思いました。



第1楽章冒頭から,原田さんとOEKの作るサウンドには,ベートーヴェンを思わせる堅固な雰囲気がありました。それに対して,横山さんのピアノには,力んだところのない,クリアな美しさに溢れていました。横山さんは,どこを取っても楽々と演奏している感じで,個人的には,音楽にソツがなさすぎると感じてしまうところもあったのですが,その音楽の純度の高さとバランスの良さはさすがだと思いました。カデンツァは,誰のものか分からなかったのですが,ベートーヴェン的ながっちりとした響きがあり,冒頭部分に対応しているなと思いました。

第2楽章では,冒頭から衒いのないピアノの音がしっかりと聞こえてきました。余裕のあるくっきりとした音が大変美しかったですね。この曲はモーツァルトのピアノ協奏曲の中ではオーケストラ部分の編成が大きい曲ですが(クラリネットとオーボエが入るのはこの曲だけ),その木管楽器とピアノとの絡みも聴きどころでした。

第3楽章も落ち着きのある演奏でした。横山さんのピアノには硬質さがあり,その後に続く変奏の各部分をクリアに描き分けていました。コーダの部分も淡々とした気分があり,さらりとした悲しみをまといながら,すっきりと締めてくれました。

アンコールで演奏されたのは,グノーのアヴェ・マリアをピアノ独奏用に編曲したものでした。後から横山さん自身による即興演奏だと判明したのですが,無言歌を思わせる静かな気分で始まった後,どんどんキラキラ感とゴージャス感が増していく,すごい演奏。少し早めのクリスマスプレゼントをいただいたような気分でした。

後半は,OEKの得意のレパートリーの一つであるビゼーの交響曲ハ長調が演奏されました。演奏会全体の時間がやや短かかったこともあるのか,この曲に先立って,ビゼーの師匠であるグノーの交響曲の第1楽章が演奏されました。思わぬところで,「グノー」がキーパーソンとなり,前半と後半がつながりました。ビゼーの交響曲が,グノーの交響曲の多大な影響を受けていることを耳で確認してもらおう,という原田さんの意図どおり,大変面白い試みでした。

調性は違っていましたが(グノーの方はニ長調),「ジャン!」という力強い和音で始まるあたりなど,そっくりでした。それと...グノーの交響曲も純粋に良い曲だなぁと思いました。この曲は,以前,OEKの定期公演で聴いたこともあるはず...と思ったのですが,聴いたことのあるのは第2番でした。是非一度,1番の全曲演奏にも期待をしています。

ビゼーの交響曲は,過去何回かOEKの演奏で聴いてきましたが,今回の原田さんの指揮による演奏は,大変力感に溢れたものでした。ティンパニが要所要所で演奏をビシッと引き締めていたのが印象的でした。他の曲でもそうでしたが,弦楽器の音も強く引き締まっており,音楽全体として密度の高さを感じました。指揮ぶりも大変エネルギッシュで,筋肉質のビゼーという感じでした。

その一方,第2楽章は非常に遅いテンポで,加納さんのオーボエをたっぷりと聞かせてくれました。ただ...この楽章については,個人的には,「ちょっと遅すぎるかな。息の長いメロディを演奏するのは大変そう」などと思ってしまいました。第3楽章も大変力強く,密度の高いスケルツォでした。中間部は,のん気な鼻唄風の感じがあるので,この部分については,もう少しサラッと流した演奏が良いかなと思いました。

第4楽章の最初の一撃は物凄い強烈さ。そして,その後に出てくる主題は,ぎゅっと引き締まった物凄い速さ。このコントラストが鮮烈でした。ビゼーのこの曲については,上述のとおり,もっと手を抜いた(?)感じで,軽く流れるような演奏も好きなのですが,この第4楽章では,OEKの弦楽セクションを初めとした名人芸を楽しむことができました。意欲満々の充実のビゼーでした。

というようなわけで,OEK定期公演初登場にして既に,原田慶太楼さんらしさを存分に感じさせてくれました充実の演奏会でした。過去,OEKが吉松隆さんの曲を演奏する機会は,非常に少なかったのですが,今回の演奏を聴いて,これからレパートリーに加えていって欲しいと思いました。原田さんは,NHK交響楽団との共演では,20世紀以降のアメリカ音楽などを取り上げていますが,この辺も聴いてみたいものです(というわけで,以下のCDを購入)。OEKとの再共演にも期待をしています。

この日も会場でCDを購入すると出演者のサインをいただけたので,原田さんのCD「ダンソン」を購入。NHK交響楽団を指揮した,バーンスタイン,ピアソラ,コープランド等の作品集です。


音楽堂近くのホテルもクリスマス・ムードです。




(2021/12/22)