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上野星矢フルートリサイタル 金沢公演
2021年12月18日(土) 19:00〜金沢市アートホール

フリューリング/フルートのための幻想曲, op.55
フランク/フルート・ソナタイ長調(原曲:ヴァイオリン・ソナタ)
プロコフィエフ/フルート・ソナタ 二長調, op.94
ライネッケ/フルート・ソナタ「ウンディーネ」, op.167
(アンコール)ボーリング/ジャズ組曲〜センチメンタル

●演奏
上野星矢(フルート),内門卓也(ピアノ)



Review by 管理人hs  

この日の金沢は,前日からの寒波の影響で,雪が少し積もりました。が,取りあえず,このくらいならば,支障はない...そんな中,金沢市アートホールで行われた上野星矢フルート・リサイタルを聞いてきました。金沢でフルートの演奏会が行われることは少ないことに加え,「三大ソナタ」というキャッチフレーズに妙に惹かれ,聞きに行くことにしました。



上野さんの演奏を聴くのは今回が初めてだったのですが,まず,そのフルートの音に感激しました。非常に落ち着いた雰囲気で気負った感じは全くないのに,そこから出てくる音には力がありました。音量も豊かなのですが,ぎゅっと引き締まっており,その音に浸っているだけで充実感を感じました。

演奏後,上野さんは「フルートとしてはこれ以上ないぐらいの重いプログラムに挑戦しました」と語っていたとおり,カール・フリューリングの幻想曲に続いて,フランク(有名なヴァイオリン・ソナタのフルート版),プロコフィエフ,ライネッケのフルート・ソナタが演奏されるという構成でした。この3つのソナタはいずれも20分〜30分ぐらいの曲で,「3大ソナタ」(この呼称は今回初めて知ったのですが)という名にふさわしく,どの曲がメインプログラムになってもおかしくないような聴きごたえがありました。



最初に演奏された,フリューリングの幻想曲は,公演チラシには書かれていなかった曲です。フリューリングという作曲者の名前は,今回初めて聞きました。1868年生まれ,1937年ということで,時代的には後期ロマン派といったところでしょうか。タイトル通りちょっと幻想的な気分がありました。半音階の動きがある辺り,ワーグナーの音楽の影響もあるのではと感じました。上野さんのフルートの真っ直ぐ引き締まった音がとても心地良く,聞いていてのびやかな気分になりました。

中間部では,くすんだトーンに変わり,少し抑制されたようなミステリアスな気分に包まれました。最後は輝かしさが戻ってきて,大きく盛り上がって曲が終わりました。音の美しさと同時に,曲全体のまとまりがとても良いなぁと思いました。

2曲目のフランクのソナタは,先日,ルドヴィート・カンタさんのチェロで聴いたばかりです。ヴァイオリン以外で聴いても名曲は名曲だと今回も感じました。上野さんのフルートの音はとても健康的で,息長くしっかりと歌われていたので,どの楽章も音楽に包み込まれるような感じになります。第1楽章は,ヴァイオリン版で聞くよりは,もっとまろやかで円満な音楽となって聞こえました。

第2楽章は,しっかりと歌うフルートのテンションが高く,音楽に乗っているなぁと感じました。終結部の盛り上がりには熱気があり,内門さんのピアノと一体となったスリリングな迫力を感じさせてくれました。

緩徐楽章の第3楽章では,一音一音から意味深さと密度の濃さを感じました。それでいて暗い感じはせず,健康的な充実感がありました。この楽章でじっくりとエネルギーを溜め込んだあと,それをパッと開放するように第4楽章へとつながっていきました。抒情的でスムーズな音の流れと2つの楽器の対話。若々しく,輝かしく歌うフルートの音と流れの良さが素晴らしいと思いました。終結部は,大きく羽ばたくような感じでした。

この曲は,ピアノ・パートも大変重要です。内門さんは,平然と演奏していましたが,上野さんのフルートと一体となって,音楽が自然に熱気をまとってくる感じを味わえたのは,やはりライブならではだと思いました。

プロコフィエフのソナタの方は,フランクとは反対に,正真正銘フルート・ソナタで,ヴァイオリン用に編曲した版もよく演奏されるという曲です。以前から親しみやすい雰囲気の曲だなと思っており,一度実演で聴いてみたいと思っていた作品でした。

第1楽章は,フルートのスーッとした心地良い音で始まりました。その凜としていながら暖かみのある音を聞いて,古典的な雰囲気のあるこの曲の出だしにぴったりだなと思いました。その後,プロコフィエフらしく,段々とヒネリが入ってくるのですが,上野さんの演奏は,シニカルな感じにならず,どの部分を取っても生気に富んだ美しい音楽になっているのが良いなぁと思いました。

第2楽章のスケルツォでは,軽妙な運動性に支配されたスピード感のある楽章。内門さんと一体となって,緩急自在の余裕のある音楽を楽しませてくれました。第3楽章の最初の方は,フルートの暖かみのある音に包まれているのですが,段々とミステリアスで複雑な気分に。この不気味さも良かったですね。

最終楽章はキリッとした切れ味の良い音楽で始まりました。キビキビ&キラキラとしたフルートの音はプロコフィエフのムードにぴったり。どこかユーモラスナ気分も交えつつ,最後はテンションの高い雰囲気でキリッと締めてくれました。

演奏会最後は,ライネッケのフルート・ソナタ「ウンディーネ」で締められました。実演で聴くのは今回初めてでしたが,とても良い曲だなぁと思いました。「ウンディーネ=水の精」ということで,第1楽章から,どこか流動的でしっとりとした気分のあるフレーズが何回も出てきていました(ちなみに,ラヴェルの「夜のガスパール」の1曲目は「オンディーヌ」。フランス語とドイツ語の違いでしょうか)。上野さんのフルートには,どこか湿度の高いしっとり感があり,金沢の冬の気分にもぴったりかもと思いました。楽章を通じて,メロディの裏に物語が潜んでいるような奥行きの深さも感じました。

第2楽章はスケルツォ。他のソナタのスケルツォ楽章同様,キラキラした感じがありましたが,どこか品の良い感じがあり,メンデルスゾーンの音楽辺りに通じるのではと思いました。第3楽章は衒いのない歌が,まじめに歌われていました。自然な抑揚を持った歌がとても心地良かったのですが,中間部はビシッと平静さを断ち切るような気分になり,鮮やかなコンストラストが付けられていました。

第4楽章も憂いを持ったメロディが大変魅力的でした。最終楽章ということで音楽には切迫感があり,ほの暗いドラマをはらんでいました。上野さんのフルートのエネルギーは,4曲目になっても変わらず,最後の方では充実感を持った盛り上がりを聞かせてくれました。そして最後は,波が消えていくように穏やかに締められました。

さらにアンコール!ここでは,クロード・ボーリングという作曲家の「ジャズ組曲」から「センチメンタル」という,とても親しみやすいう曲が演奏されました。ジャズというよりは,ポップス的な曲(1970年代のカーペンターズの曲にありそうな感じで嬉しくなりました)で,重いプログラムを締めるには絶好の曲でした。

この日の公演は,上野さんが,2021年後半に行ってきた全国ツァーの最終日でした。この「3大ソナタ」を収録した新譜CD(1月に発売とのことです)のプロモーションも兼ねたツァーだったようですが,15分の休憩を入れてほぼ2時間の充実した内容を堪能できました。終演後はCD購入者に,上野さんと内門さんがサインを行ってくれる「実演販売」。私も嬉しくなって参加してきました。



会場のお客さんは,石川県内のフルート愛好家が大勢集まっている感じで,サイン会も大盛況。この公演の後,このCDを何回か聞いているのですが...最高です。演奏会の余韻とともに幸福感に浸るような演奏です。

(2021/12/25)