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鈴木大拙・西田幾多郎生誕150年記念オペラ「禅 ZEN」金沢公演
ファンタスティック・オーケストラコンサート(全国共同制作オペラ)
2022年01月23日(日) 14:00〜 金沢歌劇座

渡辺俊幸/オペラ「禅 ZEN」(全3幕・世界初演,日本語・英語)

●出演・演奏・スタッフ
演出:三浦安浩,台本:松田章一,プロデューサー:山田正幸
鈴木恵里奈指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
金沢オペラ合唱団(合唱指揮:香田裕泰)

配役
伊藤達人(鈴木大拙,テノール),今井俊輔(西田幾多郎,バリトン),コロンえりか(ビアトリス(大拙の妻),ソプラノ),鳥木弥生(エマ(ビアトリスの母),メゾソプラノ),高橋洋介(釈宗演,バリトン),原田勇雅(乃木希典,バリトン),森雅史(マッカーサー,バス),石川公美(女中くみ,ソプラノ) 他



Review by 管理人hs  

渡辺俊幸作曲,松田章一台本による新作オペラ「禅 ZEN」を金沢歌劇座で観てきました。


金沢歌劇座に入るのも久しぶり。約2年前の「椿姫」公演以来です。

当初この公演は,哲学者・西田幾多郎と宗教学者・鈴木大拙の生誕150年を記念して,2020年に行われる予定でしたが...東京五輪・パラリンピック同様,コロナ禍の影響を受け延期されました。2022年1月末現在,まだまだコロナ禍の影響は大きく,指揮者や出演者も交代。関係の皆様にとっては,悲願の公演だったのではないかと思います。それにしても,明治以降の日本を代表する2人の思想家が共に石川県出身で,金沢大学の前身の一つ,石川県専門学校や第四高等中学校(のちの第四高等学校)に在籍していた頃からの生涯の友人だったということは,かなりすごい偶然だと思います。

この作品は「禅の心」をテーマにした作品でしたが,ベースになっていたのは,大拙の生涯でした。2時間半ぐらいの上演時間の中で,大拙の人生のポイントとなる出会いと別れを3幕に分けて描いた作品となっていました。大拙は1871年生まれで,96歳まで長生きをしましたので,その人生は考えてみると,戦争続きだった日本近現代史に重なり合います。大拙の人生を描きつつ,時代のうねりをしっかりと描いた作品となっていました。



作品の方は,何といっても渡辺俊幸さんの音楽が素晴らしかったですね。過去,OEKのポップス系の演奏会で何度も客演されている渡辺さんの「アイデア」と「メロディ」満載の作品で,最初から最後まで全く退屈するところはありませんでした。元鈴木大拙館館長の松田章一さんの台本は,ちょっと説明的すぎるかなという部分はあったのですが,渡辺さんの音楽とうまくマッチしており,とてもバランスの良い雰囲気に感じられました。



ちなみにこのオペラは,日本語で歌われる部分と英語で歌われる部分が混ざっており,両方の字幕がずっと舞台上部に出ていました。2階席奥(私は最後列で聴いていました)でも声はクリアに聞こえましたが,この字幕もとても読みやすいものでした。

今回の舞台は四角い額縁のような枠の中で演技をするような感じになっていました。床面にはチラシのビジュアルにも使われている毛筆で書かれた円。この□と○を組み合わせたような,シンプルでクリアな美しさを持った幾何学的な感じも,「禅」のイメージに通じると思いました。


オーケストラ・ピットはこんな感じでした。

第1幕が始まる前(舞台には幕はありませんでした),鐘の音がゴーンと鳴りました。この音でオペラが始まったのかな,と勘違いしたのですが,これは開演5分前のベルの代わりだったようで,その後にオーケストラのチューニングがありました。鐘が鳴った後,静かに水の音(多分)が流れると,会場は結構静かになりました。この雰囲気が良いなと思いました。

渡辺さんの音楽は,「禅」的なムードを作る部分については音数を少なくし,静寂さを生かした深さ,大拙がアメリカでビアトリスに会って結婚する辺りは,さわやかなロマンティックな気分を持ったミュージカルのような気分。学習院の乃木院長が登場する部分は,荘重な気分...と見事に場面が描き分けられていました。

第1幕は,「Wonderful」という言葉で始まる,円を描くような3拍子の合唱曲で開始。この言葉は大拙の思想のキーワードとなるもので,このオペラ全体のテーマ曲のようにこの後何回か出てきました。この曲は,心地よさと神秘的な気分が合わさったとても親しみやすい雰囲気だったので,単独でも歌われそうな曲だと思いました。


この文章は,大拙がアメリカに渡った時に,「妙」を英語い表した有名なフレーズです。大拙は,英語表記だと,D.T.Suzukiと書かれることもありますね。

第1幕第1場は「加賀の国〜鎌倉円覚寺」。若き日の大拙と西田が禅の修行をするような場でした。仏教とクラシック音楽といえば,黛敏郎の「涅槃交響曲」などを思い出しますが(一度,実演で聴いてみたい曲の一つです),お経を表現したようなリズミカルな部分には,この曲と通じるような感じがあると思いました。

その後,第2場は「アメリカ・ニューヨーク」。ここでは歌詞が英語中心になりました。言語が変わると,音楽の気分も変わる感じが,とてもリアルだなと思いました。この場では,大拙が妻となるビアトリスと出会います。ティファニーのアクセサリーをプレゼントし,プロポーズをする場面などは,上述のとおり,ミュージカルに通じるような爽やかでロマンティックな気分。聴いているうちにどんどん聴いている方もテンションが盛り上がり,時節柄「免疫力もアップ」したような感覚になりました。凛々しい声を持った大拙役のテノールの伊藤達人さんと暖かい包容力を持ったビアトリス役のソプラノのコロンえりかさんによるデュオも最高でした。オペラを観たなぁという高揚感を感じさせてくれる歌唱でした。

ちなみに渡辺俊幸さんの曲といえば,大河ドラマ「利家とまつ」の音楽が,金沢では定番ですが,フルートの音に合わせてビアトリスが歌うような部分では,その中の「まつのテーマ」の気分を思い出してしまいました。

その後,お馴染み鳥木弥生さんが歌う,ビアトリスのお母さんが,「ちょっと待った」とクレームを付ける部分。その迫力のある歌唱に負けずに,乗り越えていく説得力のある音楽であり歌唱が続きました。

第2幕は日本に戻り,「学習院」の場。ここで大拙と西田は同僚の教員として再会します。当時,学習院院長だった乃木希典が,舞台奥の月を背景にして日露戦争の戦死者の多さを悲しむ独白のような歌が大変印象的でした。乃木役の原田勇雅さんの貫禄のある声が場面の雰囲気にぴったりでした。

西田幾多郎の方は,大拙に比べると地味な描き方で,ややキャラクターが分かりにくい面はありましたが,バリトンの今井俊輔さんの風貌には幾多郎の雰囲気がしっかり漂っており,その歌唱からも誠実な性格がしっかりと伝わってきました。この場では,大拙・西田・乃木の「大物3人」による三重唱も聞きものでした。

第2幕第2場は「学習院内の大拙の宿舎」。大拙・ビアトリスと教え子が絡み合うコミカルな場面でしたが,軽快なテイストに変わりながらも品の良さがありました。ただし,ジョークのオチっぽく終わる幕切れの部分は,ちょっと分かりにくかったかなという感じでした。その後,休憩になりました。

 

第3幕はビアトリスの死,幾多郎の死,終戦...各場ごとに人が死に別れが続き,人の死がテーマになったような部分でした。第2幕第2場の「よき時代の明るさ」とのコントラストが生きていました(ちなみに,乃木院長の死は...「ナレ死」ならぬ「字幕死」でした。この部分は苦心の策という感じだったかもしれません)。

第1場「ビアトリスの死」は,ヒロインがベッドに横たわりつつアリアを歌う感じだったので,どこかプッチーニの「ラ・ボエーム」などのオペラに通じるような,はかなくも美しい場面になっていました(お付きの女中役(おなじみ石川公美さん)が登場するとますますそんな感じ)。背景に月が出ていたので,先日のニューイヤーコンサートでハイライトを聴いた,沼尻竜典さんのオペラ「竹取物語」などを思い出してしまいました。月に戻っていくような,ビアトリスの詩的な歌も印象的でした。

第2場「幾多郎との分かれ」は,太平洋戦争中の「時代の気分」を表現している感じでした。この場での西田の声も美しかったですね。プログラムに書いてあったとおり「安らぎ」と「敬い」という気分がありましたが...その後,オッとびっくりするような破壊的な大音響。これはもしかしたら,原爆投下のイメージだったのかもしれません。

その後,第3場「戦後の鎌倉」の場に。終戦後の場ということで,当時を代表する流行歌,「東京ブギウギ」の一節が,石川公美さんによって歌われるなど,「お客さんへのサービス」のような場になっていました。音楽の雰囲気も,ジャズの名曲の「テイク・ファイブ」のような感じになったり,第2場とは一転。この変化が面白かったですね。

そして,満を持してサングラスを付けたマッカーサー役の森雅史さんが,堂々たる雰囲気で登場。戦後の日本の統治法について,大拙に意見を求める設定になっていました。この設定は「架空」で,賛否はありそうですが,「禅の精神を再確認し,世界に広める」といったことは,この作品のテーマでもあるので,重要な場だったと思います。

最後の第4場は,「ニルヴァーナ(鎮魂歌)」ということで,主要登場人物が全員再登場し,禅を象徴する円形に座り,オペラの最初で歌われた「Wonderful」の合唱曲が再度歌われました。この「みんな落ち着いて座っている」というのが,この作品のゴールといえそうです。その一方で,この場面は,オペラの最初に場面に対応している感じで,オペラ全体も円を描いて最初に戻っていくようでした。

今回の指揮者は,ヘンリク・シェーファーさんから,副指揮者だった鈴木恵里奈さんに変更になったのですが,鈴木さんとオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)は,渡辺さんの音楽の持つ爽やかでロマンティックな気分をベースに,大拙の人生を彩るドラマティックな雰囲気をしっかり伝えてくれました。

オペラ全体を振り返ると,色々な様式の音楽が次から次へと続き,改めて,時代や場所と音楽のつながりの強さを感じました。この多様式な感じがとても面白かったので,オーケストラの音楽だけを取り出した組曲版のようなものを作っても面白いのではと思いました。

今回の公演は,宗教学者の人生を描いたオペラという冒険的な試みでしたが,予想以上に分かりやすく親しみやすい作品に仕上がっていました。恐らく,この公演を企画した山田正幸プロデューサーの狙いどおりの作品に仕上がっていたのではないかと思います。OEKのオペラのレパートリーにまた一つ大きな財産が加わったことを喜びたいと思います。

PS. 以下金沢歌劇座周辺。

雪の21世紀美術館。ただし,この日は雪はほとんど降らなかったはず。


歌劇座の向かいの石川県立図書館。移転準備のため閉館中。本当に公募で決めたあの愛称になるのか気になるところです。

(2022/01/28)




公演ポスター。題字と円相を書いたのは,金澤翔子さんです。


この作品は高崎市でも上演されます。


「大拙のの姿貌」というのは,鈴木大拙館の展示ポスターです。


こちらは,西田幾多郎記念哲学館のポスター


今回の公演の広報を支えた,金沢科学技術大学校のみなさん。下の写真の,「はじめてのオペラ」という解説ブックは大変な力作。子供向けだけでなく,全員に配布して欲しい内容でした。