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オーケストラ・アンサンブル金沢第450回定期公演マイスター・シリーズ
2022年01月29日(土)14:00〜 石川県立音楽堂 コンサートホール

バッハ, J.S./管弦楽組曲第3番ニ長調, BWV.1068
ハイドン/交響曲第44番ホ短調, Hob. I-44 「悲しみ」
バッハ, C.P.E./シンフォニア ロ短調, Wq. 182-5
ハイドン/交響曲第94番ト長調, Hob. I-94 「驚愕」

●演奏
鈴木秀美指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)



Review by 管理人hs  

コロナ禍の影響で来日の見通しが立たなくなったエンリコ・オノフリさんに代わって登場した鈴木秀美さん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスター・シリーズを聴いてきました。オノフリさんによる公演を聞けなかったのは残念ですが,鈴木秀美さんとOEKの共演は今回が初めてということで,OEKファンとしては大変楽しみな公演となりました。



プログラムはソリストなし。ハイドンの交響曲2曲と「2人のバッハ」の管弦楽曲を聞かせる,鈴木さんらしさ,そしてOEKらしさをしっかりと味わえる内容でした。鈴木さんは古楽奏法のスペシャリストということで,ヴァイオリンなどは,ほぼノン・ヴィブラートで演奏していましたが,その表現には奇をてらったところはなく,どの曲にも安定感・安心感がありました。その上で,お客さんを楽しませようというアイデアや,ぐいぐいと前に進んでいくような積極性も感じられ,「知・情・意」のすべてが高レベルで整っているのが素晴らしいと思いました。

最初に演奏された,バッハの管弦楽組曲第3番は,トランペット3本が活躍する堂々とした祝祭感のある「序曲」で開始(トランペットには元NHK交響楽団の関山幸弘さんがエキストラで参加していました)。十分な華やかさを持ちながらも,過激な感じはなく,節度と品位がありました。この曲が組曲全体の「メインディッシュ」となり,飯尾洋一さん執筆のプログラム解説のとおり,その後には次々と「デザート」が続くようでした。

第2曲「エール」では,透明でありながら,しっとりとした気分の漂うヴァイオリンの音とコントラバスの音をしっかりと効かせた低音部の穏やかな歩みとの交錯が印象的でした。この日のチェンバロは,ソリストとしても活躍されている曽根麻矢子さんが担当していましたが,その音が所々でチャランと聞こえてくるのも心地良かったですね。

第3曲〜第5曲は,ガヴォット,ブーレ,ジーグの3連発。次第に音楽の熱量が増していき,幸福感も高まっていくような感じでした。

続いて,ハイドンの交響曲第44番「悲しみ」が演奏されました。ハイドンを比較的よく取り上げているOEKですが,この曲を聴くのは...思い出せません。いわゆる「シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)」期の作品ということで,モーツァルトの短調の交響曲に通じるような,シリアスな雰囲気が魅力でした。この日の演奏は,繰り返しを全部行っていたこともあり(多分。我が家にあったCDよりも演奏時間は長く,30分ぐらい掛かっていたと思います),大交響曲を聴いたような聞きごたえがありました。

第1楽章の冒頭はユニゾンでスタート。そのくっきりとした切迫感に加え,ノン・ヴィブラートにも関わらず,しっかりとしたボリューム感のある充実した響きを楽しむことができました。その一方,第2主題的な部分で木管楽器などが加わると,ほのかに明転し,どこか伸びやかな気分になります。ホルンの高音やオーボエが活躍する辺り,モーツァルトの交響曲第25番とサウンドが似ているなと思いました。楽章の最後の部分では,少しテンポを落とし,味のある雰囲気で締めてくれました。

第2楽章はメヌエット。メヌエットは第3楽章に来るのが定番なので,やや異例な感じです。ここでもしんみり・しっとりとした味わいがありました。中間部では,デリケートで,はかなげなホルンの高音が印象的でした。第3楽章は,ハイドンの葬儀に使われたという柔らかく高貴な音楽。ミュートを付けた弦楽器の溶けてしまうようなクリーミーな音が素晴らしかったですね。穏やかさと伸びやかさのある,どこか慎ましやかな気分のある表現も素晴らしいと思いました。

第4楽章では,モーツァルトの40番を思わせるような切迫感のある音楽に戻りました。それでも慌てた感じはなく,パッションと理性の絶妙のバランスのようなものを感じました。情熱や意志をしっかりと全面に出ながら,しっかりと手綱は握っているような見事な音楽でした。

後半は,この日の「目玉」といっても良い,C.P.E.バッハのシンフォニア ロ短調 Wq. 182-5で始まりました。多くの人にとって馴染みの薄い作曲家ということで(当時は父上であるJ.S.バッハよりも有名だったのですが),演奏前に鈴木さんによる,とても分かりやすく,演奏への期待を大きく高めてくれるようなトークがありました。

鈴木さんは,この曲について次のような説明をされていました。
  • 当時の音楽界の黒幕的な存在だったスヴィーテン男爵から,「技術的困難を考えずに作って欲しい」という注文を付けて委嘱されてもの
  • 6曲セットのうちの1曲。
  • 「音楽は言葉のように作用する」ということを意識して作曲。音楽で言葉を交わしているような曲となっている。
  • 予想して聞くとことごとく,たのしく裏切られるような,とても変わった作品
C.P.E.バッハへの関心が一気に高まるようなお話でした。

そして,まさにその通りでした。曲は,意味深な問いかけが続くような気分で開始。弦楽器の清冽さが美しかったですね。その後も暗い表情をベースにしながら,次々と生き生きとしたアイデアが溢れてくるような面白さがありました。急に立ち止まるような感じが何とも言えず謎めいていました。

3つの楽章は続けて演奏されましたが,中間部の第2楽章ではのんびりとしたムードになりました。しかしこでも「油断はならぬ」という感じもありました。第3楽章は,かなり激しい嵐のような音楽(ヴィヴァルディなどの音楽にも通じる感じ?)で,何が出てくるのか分からない激しさ,スリリングさがありました。各パート間で音が飛び交い,力強く,ゴツゴツとした音でぐいぐい進んでいく感じも魅力的でした。

これまでOEKは,C.P.E.バッハの曲はほとんど演奏してこなかったと思いますが,今回の演奏をきっかけに,私にとっては「注目の作曲家」となりました。


会場で鈴木秀美さん指揮オーケストラ・リベラ・クラシカによる,C.P.E.バッハ作品集のCDを購入。この日演奏された,Wq.182-5も収録されています。

プログラム最後は,ハイドンの交響曲第94番「驚愕」。C.P.Eバッハと並べて聴くと,改めて「古典的だなぁ」と思わせる,生き生きと美しい第1楽章で始まりました。落ち着きのある序奏部での澄み切った世界。主部に入ってからのリラックスした躍動感。均整が取れているなぁと思いました。第2主題では味わい深さもあり,楽章を通じて健全で余裕のある音楽になっていました。

続いてお楽しみの第2楽章。飯尾さんのプログラム解説に書かれていたとおり,既に「ネタばれ」という曲なのですが,この日の「驚愕」はとても新鮮でした。さりげなく始まった後,デクレッシェンドし,バンと一撃が入るのですが...心なしか前のめり気味に物凄く強い一撃!菅原淳さんのティンパニ(この日はバロックティンパニを使っていました)は強く引き締まっており,その素晴らしい音に「びっくり」しました。その正統的な「驚愕ぶり」は実に清々しいものでした。その後に続く変奏も大変鮮やかでした。オーボエやフルートが表情豊かに活躍し,ダイナミックに音楽が進んで行きました。

第3楽章もキリっと締まった躍動感のある音楽でした。中間部でもその勢いは止まらず,雄弁なファゴットを中心に生気とユーモアに溢れた音楽を楽しませてくれました。第4楽章も軽妙で推進力のある音楽でした。キビキビとした熱気だけではなく,その中には常に余裕やゆらぎがあり,気分の変化も面白く味わうことができました。曲の最後はティンパニの強打を交え,生きの良い音楽でバシッと締めてくれました。

全曲を通じて,すべてがしっかりとコントロールされており,「やりすぎ」という感じにはなっていませんでした。その点で,大人の音楽を聴いたなぁという味わい深さと充実感がありました。

鈴木さんとOEKが共演するのは,今回が初めてでしたが,既に長年つれそっているような親密感も感じられました。2021年,OEKは鈴木雅明さん,優人さん親子とそれぞれ共演しましたが,2022年は雅明さんの弟の秀美さんとの共演。今回初めて聞いた,C.P.E.バッハ特集など,OEKとのこれからの再共演を期待したいと思いました。

(2022/02/05)