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和洋の響 II 
2022年2月8日(火)19:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 北方喜旺丈/随喜乃涙(ずいきのなみだ)(新作初演)
2) 鈴木行一/篳篥とオーケストラのための「森と星々の河」
3) グリーグ(台本:新井鷗子)/「ペール・ギュント」(組曲版)から
●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)
監修・案内役:池辺晋一郎,渡邊荀之助(能舞*1),中村仁美(篳篥*1),元井美智子(箏*3)
語り:石丸幹二*3



Review by 管理人hs  

この日は,邦楽器や能舞とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が共演する「和洋の響」公演を聞いてきました。OEKは創設時以来,邦楽器と共演する作品を多数演奏してきましたが,昨年からは「和洋の響」と題して,邦楽器に加え,能舞とオーケストラが新作で共演する演奏会を行っています。加賀宝生の能楽も盛んな,金沢ならではの企画と言えます。

演奏された曲は,公募で選ばれた,北方喜旺丈(きたかた ひろたけ)さん作曲の「随喜乃涙(ずいきのなみだ)」という新作,久しぶりの再演となる,鈴木行一作曲「森と星々の河」,そして,石丸幹二さんの語りをまじえての,グリーグのペール・ギュント第1,第2組曲でした。指揮は,9月からOEKのアーティスティック・リーダーに就任することになった広上淳一さんでした。


1曲目の前の配置

最初に演奏された,北方喜旺丈さんの「随喜乃涙」は,タイトルだけ見ると,非常に難解そうで,解説を読んでもどういう音楽なのかよく分からなかったのですが...聴いてみると,とても耳馴染みの良い曲でした。池辺さんと広上さんがプレトークで語っていたとおり,親しみやすく,耳馴染みの良い,「好きになれる」ような作品でした。

曲は,渡邊荀之助さんの能舞,元井美智子さんの筝を交えた10分以内程度の短めの作品でしたが,能衣装の華やかさに合った華やかさと,筝の音にぴったりのミステリアスな気分があり,映画のテーマ音楽を聴くようなスケールの大きさを感じました。

真っ暗のステージが明転すると,赤い鬘を付けた渡邊さんが既に立っており,静かな雰囲気でスタート。その後,元井さんの箏と打楽器やチェロとの絡み合いなど,通常のオーケストラのみとは一味違った肌触りを持った音が出てきました。オーケストラの邦も打楽器の多彩な音,弦楽器のトレモロやハーモニクスなど,サウンドも多彩で,次々と景色が変わっていくようでした。

途中,非常に壮大に盛り上がり,箏のカデンツァ風の部分では,バチッという感じの迫力のある音も出てきました。フルートと絡む部分では,フルートの音も和風に聞こえたのも面白かったですね。曲の最後は,最初に回帰していくような雰囲気で静かに終わりました。曲全体としてビジュアルな雰囲気を想起させるような,とてもまとまりの良い作品だと思いました。

この日は,曲自体の演奏時間が短めだったこともあり,司会の池辺晋一郎さん,指揮の広上さんに加え,作曲者の北方さん,語りの石丸さんも交えたトークが各曲の前後に入りました。

まず,北方さんへのインタビューでは,次のような事を語っていました。
  • 知人から薦められて今回応募した。
  • まず能について勉強した後,2ヶ月ほど構想を考えて作曲した
  • 箏を使ったのは好きな楽器だから。ただし,箏の曲を書くのは今回が初めて。
  • パワフルな曲にしようと思って作った。

池辺さんからは「箏の左手を使った技法も使って欲しかった」という「注文」もありましたが,技巧的には大変難しく,元井さんも弾き甲斐があったのではないかと思います。

北方さんは現在金沢市在住の方ですので,今後もOEKが作品を演奏する機会もあるのではと思いました。ちなみに,この日,北方さんはプログラムの顔写真どおりの帽子を被っていらっしゃいましたが,まさに「ぴったり」という雰囲気でした。金沢の聴衆にも,曲とともにしっかりとインプットされたのではないかと思います。

次に演奏された鈴木行一さんの作品についても,池辺さん,広上さんによるプレトークの後演奏されました。その解説を聴いた影響もあるのかとても面白い作品だと思いました。
  • 激しい部分もあるが,水墨画のような作品
  • 複雑に見えて,シンプルな曲
  • 篳篥(ひちりき)の音とオーケストラの音が見事に融合
  • 初演時は一部カットしていたが,今回は全曲演奏する

といった解説どおり,オリジナリティが溢れた,聞きごたえたっぷりの作品でした。この曲については,岩城宏之さん指揮OEKによる,1992年の初演も聞いているはずですが,今回の再演を聞いて,OEKが初演して来た曲の中でも特に素晴らしい名曲なのでは,と思いました。

曲は大太鼓の微かな振動のような音で開始。その後,色々な音が出てきます。ヴィオラやチェロのトレモロ,クラリネットの激しい音,コントラファゴット(多分)の効いた低音,打楽器各種による心地良い音...そんな中,ヴァイオリンの高音がとても綺麗だな,と思いました。

中村仁美さん(烏帽子?を被って,どこか雅な雰囲気がありました)の篳篥の「もわ~っ」とした雰囲気の音とOEKとの絶妙のブレンドも印象的でした。篳篥といえば,東儀秀樹さんのソロ演奏を思い出しますが,オーケストラの一部のような使い方も面白いなと感じました。

途中,室内オーケストラの音とは思えないような,全楽器(打楽器も多数)が鳴り響く壮絶な響きが出てきました。壮大さだけでなく,緻密さもあり,純粋に「すごいなぁ」と感嘆しました。曲の最後の方はマリンバの音の,ミニマルミュージックのような繰り返しが印象的で,曲のイメージがしっかりと後に残るようでした。

鈴木さんは,2010年に亡くなれれているのですが(この日は鈴木さんの奥さんがホールに来られており,演奏後ステージに登場されました。この曲の楽譜を持ち上げていらっしゃいました),この曲はOEKのレパートリーとして,これからも繰り返し演奏していって欲しいものだと思いました。

プログラムの後半は,石丸幹二さんの語りを交えて,グリーグのペール・ギュントの第1組曲,第2組曲に入っている8曲がストーリーの展開順に配列を変えて演奏されました。次のとおり演奏されました。
  1. 第2組曲第4曲 「ソルヴェイグの歌」(抜粋)
  2. 第2組曲第1曲 「花嫁の略奪とイングリッドの嘆き」
  3. 第1組曲第4曲 「山の魔王の宮殿にて」
  4. 第1組曲第2曲 「オーゼの死」
  5. 第1組曲第1曲 「朝の気分」
  6. 第2組曲第2曲 「アラビアの踊り」
  7. 第1組曲第3曲 「アニトラの踊り」
  8. 第2組曲第3曲 「ペールギュントの帰郷」
  9. 第2組曲第4曲 「ソルヴェイグの歌」
まず,全体のテーマ曲のような感じで,まずソルヴェーグの歌の一部が演奏されて始まりました。広上さんの指揮は,この部分からじっくりとしたテンポで,いつもどおり,あわてるところは皆無。その後も,要所要所で非常に濃厚に音楽を楽しませてくれるような演奏でした。

石丸さんは,「スコアを見ながらの朗読」で,音楽とぴたりと合ったナレーションでした(広上さんによると「石丸さんにしかできない。キューを出さなくてもお任せできるのはとてもありがたい」とのこと)。個人的には音楽とナレーションが重なるのはあまり好きではないのですが,石丸さんの語り口にはアクの強さはなく,とても率直な感じでした。音楽の流れにしっかりと合っていると思いました。

「花嫁の略奪」の部分での揺れ動くような不安げな雰囲気と,ティンパニの硬質な音。「山の魔王の宮殿にて」での余裕のある音楽運びからの引き締まった音。ホルンの鋭い音が楽しめるのはライブならではですね。

「オーセの死」の大らかでこってりとした音楽。松木さんのくっきりとしたフルートで始まった「朝」も大きな音の流れが感じられました。「アラビアの踊り」や「アニトラの踊り」といった舞曲では,心地良くリラックスして弾みながらも,余裕のあるエキゾティックな音楽を楽しませてくれました。

ダイナミックでビシッと引き締まった音で,海で遭難する情景を描いた「ペールギュントの帰郷」の後は,「ソルヴェーグの歌」。やはり,いちばん最後に演奏されたこの曲が特に印象的でした。しっとりとした気分が続くのですが,センチメンタルな感じはなく,どこか懐古しつつも悟ったような気分。終結部では,終わりそうで終わらない感じで,ハープの音を中心に同じような音型が何回も繰り返されるのですが,いちばん最後にはぐっと燃え上がるように力強さを増し,ふ~っとため息をもらすように終了。深い余韻が残りました。

今年の9月以降,OEKのアーティスティック・リーダー(実質的な音楽監督)への就任が決まっている広上さんには,新しいポストへの就任後もじっくりと音楽の深さを味わわせてくれるような演奏を期待したいと思います。広上さんは,どうみても「大河ドラマ」のファンなので(言葉の端々に大河ドラマが登場),広上さん指揮による「ドラマのための音楽」を集めたプログラムがあれば楽しそうだなと思いました。

(2022/02/13)