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オーケストラ・アンサンブル金沢第451回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2022年2月17日(木)19:00~石川県立音楽堂コンサートホール

ハイドン/交響曲第45番嬰ヘ短調,Hob.I:45「告別」
ショスタコーヴィチ/交響曲第15番イ長調, op.141

●演奏
井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)



Review by 管理人hs  

この日の金沢は一日中,雪が降ったり止んだりという天候でしたが,幸い大雪という感じではなく,予定通り,井上道義指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演フィルハーモニー・シリーズを石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。コロナ禍後,井上さんが代役でOEKに登場する機会が増えていますが,この公演は当初から井上さんが登場予定で,お得意のショスタコーヴィチとハイドンの交響曲を組み合わせた,井上さんこだわりのプログラムを楽しむことができました。



前半演奏された,ハイドンの交響曲第45番「告別」は,「曲の性格上」,演奏するならば,演奏会の最後ということの多い作品ですが,今回は前半で演奏されました。そこには井上さんの意図があり,「お別れ」というよりは,団員とお客さんへの「感謝」の気持ちが込められていました。

ハイドンの「シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)」時代の作品ということで,第1楽章から暗くキリッと締まった表情が印象的でした。キビキビ,グイグイと率直に前に進む一方,中間部ではスーッと気分が落ち着き,鮮やかなコントラストを作っていました。そういえば,前回の鈴木秀美さん指揮の定期公演では,44番「悲しみ」が演奏されたことを思い出しました。2公演続けてハイドンが登場し,しかも連番というのも珍しいことかもしれません。

第2楽章はひっそりと優雅な気分。しかし,その妙に精妙な気分の中に何かをたくらんでいるような意図が感じられました。第3楽章のメヌエットはキビキビとした洒脱さがありました。が,ここでも単純な明るさだけではく,何かを秘めているような暗さがありました。楽章最後の「フッと」終わる感じも独特でした。ハイドンの時代の曲では,ホルンの高音が使われることが結構ありますが,この部分での主張も印象的でした。

第4楽章の最初の部分は,第1楽章の再現のような感じの切迫したムードで始まりました。井上さんの指揮だと,とても格好良い音楽になりますね。見事なスピード感と若々しさがありました。この部分が終わった後,気分が一転しました。



何かの前触れのような感じで,会場の照明がゆらゆらと明滅。第1楽章の最初から,譜面台には本物の火のついたロウソクがセットされていました(上の写真のような感じ),この後はステージ上の照明が消え,ロウソクの火だけになりました。この雰囲気が実に暖かで,ゆったりとした音楽の気分とマッチしていました。そして,各奏者が自分の出番が終わると,立ち上がって退出するというおなじみの趣向が続きました。井上さんは各奏者が退出するたびに,丁寧にねぎらっていました。この団員に感謝をするパフォーマンスが今回の「告別」の狙いだったように感じました。

最後はコンサートマスターのアビゲイル・ヤングさんと第2ヴァイオリン首席奏者の江原千絵さんの2人だけで演奏。最後の音とロウソクが消えると井上さんだけに。そして,拍手とともに,全メンバーが呼び戻され,ステージ最前列にずらっと並んで,お客さんの方に向かって挨拶。この「全員がずらっと並ぶ」という光景もとても新鮮で,見ていて嬉しくなりました。この「お客さんへの感謝」というのも,もう一つの意図でした。

後半はショスタコーヴィチの交響曲第15番が演奏されました。恐らく,石川県で演奏されるのは今回が初めてではないかと思います。この日は演奏会の時間がやや短めでしたので,井上さんがこの曲について語る15分近くのプレトークがありました。まず,この内容が「最高」でした。曲の構成と聴きどころが生き生きと説明され,謎めいた引用だらけのこの曲への期待がさらに高まりました。

第1楽章最初,グロッケンの音がくっきりと鮮やかな音で聞こえてくると,一気にショスタコーヴィチの人生に入り込んでいく感じでした。この曲の打楽器奏者の数は7名と異様に多く(さらに色々と楽器を持ち替えていたはず),随所でショスタコーヴィチならではの味付けを楽しむことができました。

その後,松木さんによるフルート,柳浦さんのファゴットと井上さんのプレトークどおり,生き生きとした会話が続くような音楽が続きました。トロンボーン3本,テューバ,ホルン4本が入るので,OEKとしてはかなりの大編成の曲ですが,全員一斉に演奏するよりは,ソロが活躍する部分が多い曲で,OEKファンには特に楽しめたのではないかと思います。

ちなみに,クラリネットには先日土岐公演でOEKとモーツアルトのクラリネット協奏曲を共演したばかりの吉田誠さんが参加。遠藤さんと一緒に,ものすごく存在感のある音を聴かせていました。ヤングさんの艶やかなヴァイオリン,岡本さんのピッコロなどが出てくると,交響曲第9番のようなディヴェルティメント風の気分にもなります。

そしてこの楽章で目立つのが,ロッシーニの「ウィリアムテル」序曲の「いちばん有名な一節」が「そのまんま」「何回も」出てくることだと思います。解説によると,ショスタコーヴィチの幼時の回想という「意図」が込められていたようです。謎解き的な意味でも面白い作品だと思います。

第2楽章は金管合奏で開始。第1楽章から一転して,深い表情を持った葬送行進曲風の楽章になりました。まず,まとまりの良い金管アンサンブルの響きが心地良かったですね。その後に客演首席奏者の山本裕康さんのチェロによる,何かを訴えかけてくるようなフレーズが続きました。

金管とチェロにの印象的なやり取りが何回か続いた後,トロンボーンの客演奏者の藤原功次郎さんによる気だるい雰囲気のあるソロが入りました。さらに7人の打楽器チームを交えての壮大な盛り上がり。この部分のスケール感が見事でした(特にバチッとムチの音が入ると,緊迫感がぐっとアップする感じ)。最後は井上さんが「天使のような」と語っていたチェレスタが加わり,会場全体が静かな空気感に包まれました。

いかにもショスタコーヴィチらしい悪魔的な感じの第3楽章スケルツォに続いて,ワーグナーの「神々の黄昏」のモチーフの引用で始まる第4楽章へ。金管合奏が活躍する点で,第2楽章の再現のような感じがありました。その後に続く,ヴァイオリンが演奏するメロディには清冽な美しさがありました。この日は,ヤングさんに加え,水谷晃さん,松井直さんと「3人のコンサートマスター」が揃う豪華メンバーでしたが,その威力が発揮された美しさでした。

井上さんのプレトークで,ハイドンの「ロンドン」交響曲の冒頭のモチーフが出てくることも紹介されたのですが,「そういえばロンドンだ」「なるほど」という感じでした。「交響曲の父」へのオマージュの意味もあるのかなと思いました。

そして曲の最後の部分は,再び打楽器チームの見せ場となりました。時を刻むような精緻な音が長くクールに続きました。この曲を実演で聴くのは2回目なのですが,「こんなに面白い曲だったのか」とショスタコーヴィチの人生を締めくくる作品の魅力をしっかり感じ取ることができました(プレトーク付きだと面白さがアップする例でした)。

演奏後のお客さんの拍手も盛大でした。井上さんは,ソロを取った奏者を順に立たせていましたが,どこか前半の「告別」の最終楽章での「ねぎらい」と重なるようでした。

というようなわけで,井上さんの得意のレパートリーで曲の魅力を鮮やかに伝えると同時に,OEKメンバーとの結びつきの強さを感じさせてくれた,素晴らしい公演となりました。井上さんは2024年で指揮活動から引退されるとの発表をされていますが,金沢ではあと何回,井上さんの指揮する姿を見られるのでしょうか。急に寂しい気分になってきました。もう1回も聞き逃せないという感じですね。


音楽堂の入口に流れていた,OEKメンバー(青木さん,若松さん,古宮山さん,キム・ソンジュンさん)による弦楽四重奏の格好良い動画。色合いは,映画「ボヘミアン・ラプソディ」のような感じです。


雪が降っていたのですが...写真だと写りませんでした。

(2022/02/23)