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オーケストラ・アンサンブル金沢第452回定期公演マイスター・シリーズ
2022年3月5日(土)14:00~石川県立音楽堂コンサートホール

ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調, op.125「合唱付」

●演奏
鈴木雅明指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング),森谷真理(ソプラノ),池田香織(メゾ・ソプラノ),小堀勇介(テノール),大西宇宙(バリトン),東京混声合唱団(合唱指揮:浅井隆仁)



Review by 管理人hs  

3月最初の土曜の午後,鈴木雅明さん指揮によるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演を石川県立音楽堂で聴いてきました。本来は,OEK芸術監督のマルク・ミンコフスキさん指揮による,ベートーヴェン全交響曲チクルスの「締め」の公演となるはずでしたが,今年もまた(1年前の3月に続いて),コロナ禍の影響で指揮者は鈴木さんに交代となりました。



演奏されたのはベートーヴェンの第九 1曲のみ。その演奏は...個人的に過去実演で聴いた第九中,最高の演奏でした(比較できるほど何回も第九を聴いてはいるわけではないのですが...)。森谷真理,池田香織,小堀勇介,大西宇宙という現在旬と言っても良い,素晴らしい4人のソリストに加え,合唱は東京混声合唱団。プロの合唱団による第九を聴くこと自体がまず大変貴重なことですが,すべてが高次元・異次元の第九を聴かせていただいた気がしました。

この日のOEKの編成は,かなり大きく,弦楽器は第1ヴァイオリン10,第2ヴァイオリン8,ヴィオラ6,チェロ6,コントラバス4という特別編成。そのこともあり,どの部分を取っても音に力がありました。鈴木雅明さんのテンポは,第1楽章冒頭から,全く弛緩することのない,ぐいぐい迫ってくるようなやや速目の設定。各パートがくっきりと聞こえ,そこには,意志の強さを感じさせる熱気が常に漂っていました。この日も,アビゲイル・ヤングさん,水谷晃さん,松井直さんの3人のコンサートマスターが揃っていましたが,いつもにも増して,表現の幅が広く,力強い弦の響きを聞かせてくれました。

第1楽章の最初の部分については,CDなどで聴くと「もうろうとした原始霧」といったイメージの演奏もありますが,OEKの演奏は大変クリア。さらには切ると血が出てくるような凄みを感じました。熱狂はしないけれども音のテンションの高さが持続していました。楽章最後の低音のオスティナートの部分も速めのテンポでぐいぐい。非常に力強く精悍な第1楽章でした。

第2楽章も,キビキビとしたテンションは継続。この日はバロック・ティンパニを使っていましたが,全楽章を通じて力感のある見事な音を聞かせ,OEKの音を引き締めていました。楽章を通じて,アクセントの付け方にもどこかロック音楽を聞くような弾むような若々しさがあり,「バロック的ロック(意味不明ですみません)」といった心地よさを感じました。

トリオの部分での流れるようなスピード感も印象的でした。OEKの木管楽器も瑞々しい音楽を聞かせてくれました。そして...後半,通常カットされることの多い,繰り返しも行っていました。楽章が終わるかと思ったら終わらず...「おおっ」と思ったのですが,全く弛緩することはありませんでした。

第3楽章では,弦楽器の歌いっぷりが印象的でした。テンポはやや速目ぐらいだったと思いますが,しっかりとした歌を堪能した感じでした。ちなみに鈴木さんは古楽奏法の専門家ですが,この部分では弦楽器にしっかりヴィブラートを掛けていました。密度の高い歌の連続で,複数の歌手がアリアを歌い継いでいくような聴きごたえがありました。

この楽章では,途中,ホルンが音階のようなフレーズを演奏する部分が印象的です。この音も大変爽快でした。その後,テンポが少し上がって,さわやかに音楽が流れ出す部分が好きなのですが,その期待どおりの演奏でした。楽章最後に警告するように加わるトランペットのピリッとした感じも良かったですね。何かを予告するようなメッセージのようなものを感じました。

そして,第4楽章。やはり,この日の最大の聴きものでした。まず,合唱団の皆さんですが,この楽章に入る時に「特製マスク(顔の下半分を覆うような合唱用マスクでしょうか?)」を着用をされました。この時点では4人のソリストは入っていませんでした。

これまでの楽章同様,オーケストラは気合十分の音で(ただし荒れ狂う感じではなく)始まった後,「歓喜の歌」が低音パートにさらっとした感じで登場しました。まず,この「軽い低音」の音が良かったですね。どこか虚無的な感じで始まった後,だんだんと情がこもってきて,それが段々盛り上がったところで,いよいよバリトンなのですが...どこ?



ここで上手のドアがパッと開いて,大西宇宙さんが登場。「O Freunde...」と歌っては歩き,歌っては歩きという感じでステージ中央へ。大西さんにパッとスポットライトが当たったような鮮やかな出方でした。この楽譜を持ちながら登場する感じには,バッハの受難曲のエヴァンゲリストのような雰囲気もあると思いました。そして,大西さんの声がまた素晴らしく,「この場の主役!」というオペラの一場面を観るような雰囲気になりました。そして,続いて,その他の3人の歌手も入場。






この日出演した4人の歌手は,今日本で最も活発に活動されている歌手ばかりということで,4人で歌う部分には,まさに声の饗宴のような華やかさがありました。ステージにいちばん近い場所で,歌っていたこともあり,「お客さんにしっかりメッセージを伝えよう」という気分がビシビシと伝わってきました。開放されたような広がりと同時に,4人の歌手による,丁々発止の「殺陣」のような気分も感じました(NHK朝ドラ「カムカム・エヴリバディ」の見過ぎかもしれません...)。

合唱団による力強い「Vor Gott」の歌唱に続いて,テノールのソロへ。この部分ですが...柳浦さんのコントラ・ファゴットの存在感が素晴らしいと思いました。石川県立音楽堂コンサートホールで第九を聞くのは久しぶりだったのですが,心地良い安心感を感じさせてくれる音でした。



テノールの小堀さんは,大変軽やか,そして,よく通る声で,会場は清々しい気分に包まれました。トルコ行進曲風の部分は,やや前のめりなぐらいの若々しさで,ここでもまた生きた歌唱を聞かせてくれました。

「歓喜の合唱」が力強く出てくる部分は,怒涛のような(?)素晴らしさ。「何だか分からないけれども,凄いものが伝わってくるぞ,さすがプロ」という合唱でした。その後,満を持してトロンボーンが登場し,再度気分が変わりますが,この部分での合唱も見事でした。アマチュアの合唱団だと,どうしても「高音部が大変そう」という感じになりますが,美しさと輝きのある余裕の合唱でした。続くフーガの部分になると,清澄で壮麗な宗教音楽を思わせる雰囲気に。そういえば,この宗教音楽は鈴木さんの専門の世界だったなぁと改めて思い出しました。



この部分が終わると,再度,4人のソリストによるオペラのアンサンブルのような気分に。モーツァルトのオペラの幕切れ間近のアンサンブルといった感じでした。第九の4楽章は,この日のプログラムで飯尾洋一さんが書かれていたとおり,多様式な音楽なのですが,本日の演奏は,そのことを生き生きと感じさせてくれました。

全曲の最後は,十分盛り上げつつも,しっかりと噛みしめるような落ち着きも感じられました。鈴木さんは,今回の公演について,「平和を希求する第9に」といったコメントを述べられていますが,ただのお祭り騒ぎではない,力強いメッセージが伝わってくるような終結部でした。

今回の第九については,昨年末の第5波が収まっていた時点では,「コロナ禍収束記念の第九」になるストーリーを個人的には思い描いていたのですが,そういうわけには行きませんでした。そして,ロシアのウクライナ侵攻という,新たな世界的な危機を迎える中で演奏されることになりました。OEKがこの曲を本拠地で演奏する機会は他のプロオーケストラに比べると非常に少ないのですが(そういえば20年前,ニューヨークでの同時多発テロの翌日に石川県立音楽堂は開館し,その直後にこけら落とし公演で岩城さん指揮OEKが第九を演奏したことも思い出しました),それだからこそ,色々なことを感じさせてくれる公演になったと思いました。

PS. ミンコフスキさん指揮OEKによる第九...これは正真正銘の「コロナ明け」にリベンジで聴いてみたいものです。さらには鈴木雅明さん指揮OEKでもベートーヴェンの2,5,6,8,9番を聞いたことになりますので,ここまで来たら「コンプリート」させて欲しいと思います。



(2022/03/12)