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オーケストラ・アンサンブル金沢第453回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2022年3月17日(木)19:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール

1) 杉山洋一/揺籃歌(自画像II):オーケストラのための(2021年度OEK委嘱作品・世界初演)
2) ショパン/ピアノ協奏曲y第1番ホ短調,op.11
3)(アンコール)ショパン/前奏曲第15番「雨だれ」
4) メンデルスゾーン/交響曲第3番イ短調, op.56「スコットランド」
5)(アンコール)バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番~エア

●演奏
川瀬賢太郎指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-5,亀井聖矢(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

川瀬賢太郎さん指揮,亀井聖矢さんのピアノによる,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の定期公演フィルハーモニー・シリーズを石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。前回3月5日の鈴木雅明さん指揮による定期公演は,「ベートーヴェンの第九のみ」という短めの公演でしたが,この日の公演はアンコールが2曲演奏されたこともあり,対照的に終演時間は9:15を過ぎるかなり長い公演となりました。3月5日も充実した内容でしたが,この日演奏された各曲も充実感溢れる演奏ばかりでした。



演奏曲目は,基本的には,川瀬さんが前回登場した2021年9月の定期公演と同様のコンセプトで,メンデルスゾーンとショパンの曲を並べた「同世代&初期ロマン派」プログラムでしたが,今回はその前に,OEKの「2021~2022年コンポーザー・オブ・ザ・イヤー」である杉山洋一さん作曲による「揺籃歌(自画像Ⅱ):オーケストラのための」が演奏されました。もちろん世界初演です。まず,この曲が大変充実した作品でした。



この曲はコロナ禍をモチーフにしたもので,プログラムに掲載されていた解説に基づいて一言でいうと,「Covid-19の懸念される変異株」が発見された国(中国,英国,南アフリカ,ブラジル,インド)の「揺籃歌(寝かせ歌)」を盛り込んだ作品ということになります。曲全体として,ずっと晴れないような不安気な不協和音に包まれたような雰囲気なのですが,その複雑な和音の持続と遷移が,不思議と耳に染みました。

曲は静かで重みのある雰囲気で開始。微妙に揺れ動くような不協和音の中から,時折,調性のある優しい感じのメロディが見え隠れし,少し光が差してくる―といった感じで曲は進んでいきました。少し神秘的な気分が持続する点で,ペルトの音楽に通じる部分がある気がしました。常に苦みを感じさせるような重みのある雰囲気を持った曲を聞いた後には,何とも言えない感動が残りました。

現代音楽らしく(?)とっつきにくい部分も多かったのですが,その中から,各国の「寝かせ歌」のメロディの断片が見え隠れすると,かすかな希望のようなものも感じました。管楽器を中心にソロが活躍する部分も多く,聴きどころの多い作品となっていました。この作品は「自画像II」ということで,コロナ第1波の時に書いた「自画像」に続く作品とのことでした。「自画像III」が書かれるとすれば,コロナ禍後を描いた作品ということになって欲しいものです。


演奏会の前にこの作品についての杉山さん自身による解説動画が流されました。YouTubeで公開されているものと同様です。

続いて,20歳のピアニスト,亀井聖矢さんとの共演でショパンのピアノ協奏曲第1番が演奏されました。ショパンがこの曲を書いたのも20歳頃(ちなみに,右の写真のとおり,現在石川県立音楽堂も20歳)なのですが,今回の亀井さんの演奏を聞いて,とてもリアルな等身大のショパンだと思いました。亀井さんのピアノは,タッチが非常に美しく,荒っぽい感じは全くしませんでした。情感の動きを鮮やかに伝えるような繊細な表現,速いパッセージでの音の粒立ちの良さ,そして瑞々しさを感じさせる切れ味の良い技巧。ショパン本人が現代に蘇って,現代のコンサートホールで演奏したらこんな感じかも,と勝手に想像を膨らませながら聴いてしまいました。

第1楽章の冒頭は,重くなり過ぎず,率直な感じで開始。音楽の流れの中で,フルートの松木さんの音が出てくると,パッと気分が代わり音楽の色つやが増す感じでした。満を持して登場した亀井さんのピアノの音にも重苦しさはありませんでした。硬質でクリアな透明感があり,スッと耳に音が入ってきました。そして第2主題の歌わせ方が絶品でした。少し間を置いた後,ノクターンのような気分でしっとりとピアノの歌が始まり,それにOEKが敏感に反応し...静かで詩的な気分が続きました。亀井さんの音は十分に力強いのですが,力任せというような荒さが無く,鮮やかに生き生きとショパンの世界を描いているようでした。

第2楽章でも,ピアノとオーケストラがしっかり対話をしながら,優しく詩的な音楽が続きました。この楽章での,ほのかな暖かさのある音楽を聞きながら,「孤独だけれども満たされている」といった気分を感じました。亀井さんのピアノには,静けさの中に色々な思いが溢れてくるような雰囲気があり,OEKのバックアップ(この楽章では金田さんのファゴットがピアノの気分にぴったりでした)ともども,しみじみと聞き入ってしまいました。楽章の最後の方で,ピアノの音が静かにキラっと光るようなフレーズを演奏する部分が好きなのですが,この亀井さんの演奏は特に美しかったと思いました。微妙に翳りも感じられたりする辺りがショパンらしいなぁと思いました。

一転して第3楽章は,キリッと力強く,弾むような気分で開始。亀井さんのピアノの生き生きとしたリズム感と安定感が素晴らしいと思いました。速いパッセージも鮮やかで,ニュアンスも豊かでした。音楽全体に勢いはあるけれどもしっかりとコントロールされており,安心して聞くことができました。ピアノのソロパートが終わった後,ショパン国際ピアノコンクールのファイナルでの「慣例」のように,拍手を入れたくなる衝動にかられてしまうような演奏でした。

アンコールでは,ショパンの「雨だれ」のエチュードが演奏されました。この曲では雨音を模したような連打が続きますが,その音の優しさと美しさが印象的でした。柔らかだけけれども,不思議な存在感のある音楽でした。

演奏の前後に亀井さんがお客さんに挨拶する感じは,結構堅い感じで,「やはり20歳のピアニストだな」とちょっとホッとしたのですが,全曲を通じて,若々しさと同時に,きっちりと完成された充実の音楽を聴かせてくれたのが本当に見事だったと思いました。亀井さんの活動にはこれからも注目していきたいと思います。



プログラム後半で演奏されたのは,メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」でした。川瀬さん指揮OEKの演奏を聴くといつも,竹を割ったような清々しさを感じます。そのキャラクターにぴったりの曲であり演奏でした。

第1楽章は,まず冒頭,重苦しくなく澄んでいるけれども,どこか湿り気のあるしっとりとした情感が良かったですね。続いて出てくる第1ヴァイオリンの鮮烈な美しさ。音が気持ちよく開放されていました。主部はクラリネットの深~い音で開始。遠藤さんの音がとてもしっかりと聞こえてきました。その後キビキビとした音楽が続きますが,やり過ぎという感じはなく,若々しい感じ自然に漂ってくるのが川瀬さんらしいところだと思います。途中,嵐のような気分になりますが,そこでも大げさに成りすぎず,あくまでも音楽的な感じで生き生きとした音楽が続いていました。

第2楽章ではキビキビとしたリズムの上にクラリネットがローカルな感じのメロディを演奏しますが,その最後の音を息長~く伸ばしていたのが気持ち良かったですね。コロナ禍でなかなか旅行に出かけられない中,旅情をかき立てるような,ワクワクさせるような楽章でした。

第3楽章では,ここでもアビゲイル・ヤングさんを中心とした第1ヴァイオリンの音が美しかったですね(確かヤングさんはスコットランド出身だったはず)。大きく歌い上げる感じが素晴らしいと思いました。途中,ホルンが出てくると,葬送行進曲のような感じになります。この曲の時だけは,バロックティンパニを使っていましたが,そのカラッとした音が楽章中の良いアクセントになっていました。

第4楽章はキリっとした表情で開始。激しく音をぶつけてくるような厳しさとノスタルジックな気分が交錯する音楽が大変魅力的でした。闘争的な感じはあるけれども,その思い切りの良さが心地良く,音楽全体が自然体に盛り上がるようでした。この曲のお楽しみの一つは第4楽章のコーダの部分です。しっとりとした中音域を中心に快適なテンポで大らかに始まった後,ホルン4本が締まった音でバシッと加わり,音楽にさらに精彩が加わりました。最後は,あまりテンポを変化させることなく,「やっぱりスコットランドは良かったなぁ」と旅の終わりの気分を噛みしめるような余韻のある雰囲気で終了しました。

最後にアンコールとして,バッハのアリアが演奏されました近年この曲がバロック音楽の公演以外アンコール曲として演奏されるときは,災害・事故などで多数の犠牲者が出た時にその追悼の意味で演奏されることが多いのですが(このことは大変悲しいいことですが),やや意図がやや分かりにくかったかもしれません。

この日演奏された曲には,すべて充実感がありました。OEKらしさ満載のフルコースを堪能したような満足感を味わうことができた演奏会でした。

(2022/03/21)