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金澤弦楽四重奏団 Vol.1
2022年3月25日(金)19:00~ 金沢市アートホール

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第1番へ長調, op.18-1
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第8番ホ短調, op59-2「ラズモフスキー第2番」
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第12番変ホ長調, op127

●演奏
青木恵音,若松みなみ(ヴァイオリン),古宮山由里(ヴィオラ),ソンジュン・キム(チェロ)



Review by 管理人hs  

ようやく金沢にも春がやってきたかな,と思わせる3月末の金曜日の夜,金沢市アートホールで行われた,金澤弦楽四重奏団によるベートーヴェンの弦楽四重奏曲チクルスの第1回公演を聞いてきました。この「金澤弦楽四重奏団」という,素晴らしい名前のクワルテットは,青木恵音,若松みなみ(ヴァイオリン),古宮山由里(ヴィオラ),ソンジュン・キム(チェロ)という,金沢の音楽ファンにはおなじみの,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の弦楽器メンバー4人から構成されています。プログラムに書かれているプロフィールによると,2019年結成となっていますが,演奏会を行なうのは今回が初めてです。



「全16曲あるベートーヴェンの弦楽四重奏曲を演奏する目的で結成」と書かれているとおり,今公演を皮切りに,全曲演奏に挑戦するようです。その記念すべき第1回公演で演奏されたのは,第1番,第8番「ラズモフスキー第2番」,第12番の3曲でした。私自身,ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲を生で聴いたことはないのですが,今回の素晴らしい演奏を聴いて,「いっしょに全曲制覇したいな」という気持ちになりました。

まず,どの曲も,慌てることのないテンポでくっきりと演奏されていたのが演奏されていたのが素晴らしいと思いました。いつも同じ室内オーケストラの中で一緒に演奏しているメンバーということで,その音のバランスもとても良いと思いました。弦楽四重奏というと第1ヴァイオリンが中心になることが多いのですが,青木さんの音は安定感抜群でしっかりとした音を聞かせながらも一人だけが目立つことはなく,4人が一体となったような練られたサウンドとパート間の緻密な音の受け渡しを楽しむことができました。金沢市アートホールで聴くと,しっかり内声部の音も楽しむことができるので,4人の「音の職人」がベートーヴェンの音楽に真摯に取り組んでいる様をしっかり感じ取ることができました。

今回演奏された3曲は,前期,中期,後期から1曲ずつ選ばれていましたが,それぞれ30分前後かかる「大曲」で,終演時間は9:15頃になりました。上述のとおりとてもじっくりと真正面から取り組んでいるような演奏ばかりでしたので,大変充実した時間を過ごすことができました。

第1番は,3曲の中でいちばん古典的な作品でしたが,「ベートーヴェンは最初からすごい」と感じさせる緻密さがありました。第1楽章の冒頭から,落ち着きのある,よく練られた音。誠実さの感じられる,信頼感抜群の演奏でした。第2楽章は,「ロメオとジュリエット」の墓場の場面から構想を得たと解説に書かれていたとおり,ひんやりとした悲しみがじわじわ伝わってくるようでした。楽器の音には,奥底から湧き上がってくるような力強さがあり,じわじわと音の高揚感が高まっていく感じが素晴らしいと思いました。

第3楽章は,ややリラックスした感じになりましたが,崩した感じはなく端正な軽みがありました。中間部での独特の跳躍のある動きには,ほのかにユーモアが漂っていました。第4楽章は,軽く鮮やか。ここでも,楽器間の音のやりとりや内声部の音の刻みなど,いかにも室内楽らしい,生き生きとした,非常に均整のとれた音楽を楽しむことができました。楽章最後での熱い盛り上がりも聞きごたえがありました。

第8番は「ラズモフスキー」と呼ばれる3曲セット中の2番目です。ベートーヴェンの「傑作の森」の真っただ中の作品ということで,冒頭の鋭い和音2つを聴いて,まずビシッと気合を入れられました。緊迫感のある音楽でしたが,演奏は,しっかりと抑制が効いており,安心して聴ける心地よさもありました。第2楽章も平穏さの中に緻密な緊張感が漂うような音楽でした。付点音符が効果的な緩徐楽章ということで,プログラムの解説どおり,交響曲第4番の第2楽章に通じる気分があるな,と思いました。互いの音をしっかりと聞き合いながら,しっかりと構築された息の長い音楽でした。

第3楽章は,軽いスケルツォでしたが,カラっと晴れた感じではなく,ほのかに哀愁が漂っていました。どこか思わせぶりの気分が漂っているのが魅力的でした。第4楽章は,ガッチリとしたリズムの上で第1ヴァイオリンが颯爽と弾むような旋律を演奏して開始。今回の4人はOEKの中の若手メンバーばかりですが,瑞々しい音楽だなぁと思いました。最後は,ガッチリとした感じを崩さないまま,テンポを上げて終了。ベートーヴェンの中期の曲らしい演奏だなぁと思いました。

その後,休憩となり,後半は第12番のみが演奏されました。この曲は,「変わった曲」揃いの後期の弦楽四重奏曲の中では,いちばんオーソドックスな曲かもしれません。第1楽章冒頭の和音には,広々とした空気感を感じさせる厚みがありました。オルガン的な重厚さと,外に広がっていくような響きが共存する充実の世界でした。その後,軽やかさのある音楽となりましたが,ヘラヘラと流れる感じはなく,エネルギーがしっかりと内に蓄えられているような内容の濃さを感じました。特に第1ヴァイオリンの青木さん,チェロのキムさんという高音部と低音部の力感のある音が素晴らしいと思いました。

第2楽章は,静かで誠実な雰囲気のある世界で開始。しっかりと歌いながらも,平静さを崩さないのがクールだなぁと思いました。中間部での耽美的だけれども均衡の取れた音楽も古典派らしいと思いました。

緻密かつ生き生きとした心地よさのある第3楽章に続く,第4楽章には全曲を締めるのに相応しいスケール感がありました。充実感のあるユニゾンに続いて,音楽がしっかりと流れていきました。楽章の終盤には,プログラムの解説に「田園」交響曲の終楽章を思わせる大合奏と書かれていたとおりの雰囲気がありました(恐らく,メンバーの方が書かれたものだと思いますが,とても分かりやすい曲目解説でした)。曲の最後の方,一音一音をくっきりと演奏しながら,感情がじわじわと高まっていく感じが素晴らしいと思いました。「いい音聞いたなぁ」という終わり方でした。

今回の公演は,上述のとおり大変長くなったので,アンコールは演奏されず,終演後,チェロのキムさんから,一言あいさつがあった後,お開きとなりました。「金澤弦楽四重奏団という「恐ろしい名前」を付けたのでがんばりたい」という,どこかほほえましさのあるお話聞いて,しっかりと応援したくなりました。私もこのクワルテットの演奏を聞きながら,一緒にべートーヴェン制覇に挑戦したいとと思います。次回は12月25日クリスマス,場所は同じ金沢市アートホールとのことです。

(2022/03/31)