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藤田真央 モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会第3回華麗なる輝きを放ち(全5回)
2022年4月3日(日)14:00~ 北國新聞赤羽ホール

モーツァルト/ピアノ・ソナタ第2番ヘ長調,K.280
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第6番ニ長調,K.284「デュルニツ」
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第11番イ長調,K.331「トルコ行進曲付き」
モーツァルト/ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調,K.332
(アンコール)モーツァルト/ピアノ・ソナタ第10番~第3楽章
(アンコール)ショパン/ポロネーズ第1番
(アンコール)ショパン/練習曲集op.25-1

●演奏
藤田真央(ピアノ)


Review by 管理人hs  

藤田真央さんによる,モーツァルト ピアノ・ソナタ全曲演奏会シリーズの第3回「華麗なる輝きを放ち」を北國新聞赤羽ホールで聴いてきました。このシリーズの第2回は残念ながら聴けませんでしたので,私にとっては,1年前の第1回以来,約1年ぶりということになります。



今回は,ソナタ第2番,第12番というヘ長調の作品の間に,第6番,第11番という変奏曲形式を含むソナタ2曲を挟むという,よく考えられた選曲となっていました。藤田さんのスタイルは前回同様,ベースは全く力んだところのない自然体の音楽で,その中から多彩なフレージング,ダイナミックス,音と音の対話などが,くっきりと自在に浮かびあがってきました。気負いなく,自信にあふれた見事な演奏の連続でした。



いつもどおり,リラックスした雰囲気で藤田さんがステージに登場し,ピアノの前に座ると,間髪を容れずに第2番の演奏を開始。第1楽章のクリアで自信にあふれた音がパッと飛び込んできました。フレーズや強弱の対比に心地良い雄弁さのある演奏でした。

第2楽章は6/8拍子ヘ短調のシチリアーノ風のアダージョで,一気にしっとりとした気分に変わりました。藤田さんのピアノの透明感のある音が素晴らしく,美しさに息を飲みました。優雅で切ない気分が息長く続く,至福の時間でした。第3楽章は再度元気を取り戻し,速く軽やかな音がコロコロと流れて行きました。実に鮮やかでした。

第6番は,厚みのある音でぐいぐい迫ってくる感じで開始。その後も演奏は流れよく華麗に続き,展開部ではスマートな会話が楽しく続くようでした。第2楽章はおっとりとした感じのある「ポロネーズ風ロンド」。ふっと一瞬気分が暗くなったり,堂々とした気分に戻ったり,ニュアンス豊かな演奏でした。

第3楽章は長大な変奏曲です。主題は素直な感じで軽やか。その後,各フレーズが常に対話をしているように進んで行き,プログラムの中で藤田さんが書いていたとおり,物語を紡いでいくようでした。前半は華麗でダイナミックに音楽が進んでいった後,中盤では深淵な気分になる部分もありました。大きく間をとった後に,じっくりと美しい音楽が溢れ出てくる感じが素晴らしいと思いました。藤田さんのピアノはタッチが美しく,細かい音の動きにも粗っぽいところがないので,別世界に連れて行ってくれるような気分にさせてくれます。最後は,軽快な雰囲気でこの曲でも鮮やかに全曲を締めていました。

後半は「トルコ行進曲」を含む,第11番から始まりました。驚いたのは,全3楽章がほぼアタッカで演奏されていた点です。曲全体を一気に聞かせようという意図を感じました。

第1楽章は前半最後の第6番の最終楽章同様,変奏曲形式でしたので,演奏会全体の構成がシンメトリカルになっていました。主題は本当にあっさりと弱音でささやくように開始。その上に変奏が進むにつれて色々なニュアンスが加わっていきました。

各変奏の繰り返しもしっかりと行っていたのも特徴的でした。2回目に出てくる時にはニュアンスを変え,アドリブ的な音をかなり沢山入れていたのですが,このセンスが素晴らしいと思いました。いつも聞く6つの変奏が12の変奏になったようが楽しさを感じました。この曲でも途中,短調になったり,ためらいがちになったり,音楽の雰囲気が内向的になる部分での繊細さが素晴らしいと思いました。

勢いのある第6変奏に続き,そのままの気分で第2楽章へ。この息もつかせぬ感じが若々しくて良かったですね。中間部で音色が柔らかくなり,音楽が豊かに広がっていく感じも素晴らしいと思いました。

第3楽章のお馴染み「トルコ行進曲」は中庸のテンポによる軽快な演奏。文字通り玉を転がすようなタッチの美しさも印象的でした。いつも聞くのとは一味違った感じで対旋律が聞こえてきたり,聴き手のファンタジーを広げてくれるような演奏だったと思います。

最後に演奏された12番は,最初に演奏された第2番同様,ヘ長調の曲ということで,伸びやかな雰囲気で開始。「歌うアレグロ」という感じの流れの良さがあると同時に,パッと気分が変わるような自由さがありました。この曲でも,再現部ではアドリブが入っていましたが,モーツァルトの音楽にぴったりの自然さがあり,音楽の美しさが損なわれていないのが素晴らしいと思いました。

他のソナタ同様,第2楽章はじっくりと歌われており,せつなくなるような美しさがありました。レガートとノンレガートを意識的に使い分けて演奏しているようで,どこか知的な雰囲気も漂っていました。第3楽章の鮮やかなテクニックによる,強烈なスピード感も鮮烈でした。もしかしたら,この両楽章については,グレン・グールドのモーツァルト演奏を意識しているのかなという気もしました。ただし,エキセントリックな感じはせず,若々しく自然な音楽になっているのが,藤田さんらしさだと思いました。

アンコールでは,まず,シリーズ第1回でも演奏されたソナタ第10番の第3楽章が演奏されました。その後,ショパンの曲が2曲演奏されました。この辺は,モーツァルトだけで閉じて欲しいという思いもありましたが,どちらも美しくしなやかな演奏。特に最後に演奏された,練習曲op.25-1のアルペジオの美しさに魅せられてしまいました。「エオリアンハープ」と呼ばれることもある曲ですが,まさにハープのような繊細で滑らかな美しさがありました。ちなみにこの曲を聞くといつも童謡の「お馬の親子は仲良しこよし...」と歌ってしまいたくなるのですが(私だけでしょうか?),この日の藤田さんの演奏は,そう思わせる隙もありませんでした。

この藤田さんによるモーツァルトシリーズですが,今回で丁度半分を折り返したことになります。第4回の金沢公演は10月22日に行われます。モーツァルトのピアノ・ソナタ全集のCD録音もソニークラシカルから,この頃に発売されるようなので,色々な意味で楽しみな公演になりそうです。

(2022/04/10)









第4回の予約申込書が既に挟まっていました。この日は入口で何故かKAGOMEの「まろやかソイ」という飲み物が無料配布していました。