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ファンタスティック・オーケストラコンサート:魅惑の映画音楽
2022年4月17日(日) 14:00~石川県立音楽堂 コンサートホール

1) ロジャーズ(渡辺俊幸編曲)/映画「サウンド・オブ・ミュージック」~サウンド・オブ・ミュージック
2) モリコーネ(渡辺俊幸編曲)/映画「ニュー・シネマ・パラダイス」~メインテーマ,愛のテーマ
3) マンシーニ(渡辺俊幸編曲)/映画「ひまわり」テーマ
4) ルグラン(渡辺俊幸編曲)//映画「シェルブールの雨傘」テーマ
5) 渡辺俊幸編曲/もしもモーツァルトがハリウッドの映画音楽家だったら
6) マンシーニ(渡辺俊幸編曲)/映画「ティファニーで朝食を」~ムーン・リバー
7) 渡辺俊幸/NHK大河ドラマ「利家とまつ」~メインテーマ「颯流」
8) 寺島尚彦/さとうきび畑
9) 森山良子(前田憲男編曲)/この広い野原いっぱい
10) BEGIN(杉浦邦弘編曲)/涙そうそう
11) ロジャーズ(前田憲男編曲)/ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」~私のお気に入り
12) アーレン(前田憲男編曲)/映画「オズの魔法使い」~虹の彼方に
13) ヴェルディ/歌劇「椿姫」~乾杯の歌
14) シュトラウス,J.II/喜歌劇「ヴェネツィアの一夜」~ほろ酔いの歌
15) 森山良子(渡辺俊幸編曲)/あなたが好きで
16) ハーライン(渡辺俊幸編曲)/映画「ピノキオ」~星に願いを
17) (アンコール)編曲者不明/聖者の行進

●演奏
渡辺俊幸指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:松井直)*1-7,9-17
森山良子(歌*8-17),中島剛(ピアノ*9-17)



Review by 管理人hs  

4月17日,日曜日の午後,石川県立音楽堂で行われた,森山良子さんと渡辺俊幸さん指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)による,「魅惑の映画音楽」と題された,ファンタスティック・オーケストラコンサートを聞いてきました。森山さんといえば,4月8日に最終回を迎えたばかりのNHK朝ドラ「カムカム・エヴリバディ」の終盤を大きく盛り上げた「アニー・ヒラカワ」役として感動的なシーンの数々に加わっていました。ので...正直なところ,今回はその「ロス」を埋めるために聴きにきました。そしてその「ロス」を”ほぼ”埋めてくれるようなパフォーマンスの数々を楽しませてくれました(”ほぼ”というのは,やはりあの曲が歌われなかったからなのですが,これは今後の楽しみにしたいと思います)。

この日のプログラムの前半は,渡辺俊幸さんの作曲・編曲による,映画音楽やテレビドラマ音楽を集めたもので,渡辺さんの鮮やかな編曲の数々を楽しむことができました。



最初に演奏された「サウンド・オブ・ミュージック」のテーマには,キラキラとした華やかさと爽やかさがありました。途中,優しい雰囲気になった後,最後は壮大に盛り上がっていきました。「ニュー・シネマ・パラダイス」の音楽では,フルートの松木さんのソロがいつもどおり印象的で,しっとりとした気分を伝えてくれました。

続く「ひまわり」と「シェルブールの雨傘」は,どちらも戦争が主人公たちの運命を変えた恋愛ドラマ。ロシア軍によるウクライナ侵攻が継続する中での演奏ということで,聞いていてせつない気分になりました。その一方,今の世界には,これらの曲の用に,どっぷりと浸れるようなウェットな音楽も絶対必要なのではとも思いました。

その次に演奏された「もしもモーツァルトがハリウッドの映画音楽家だったら」という曲は,「魅惑の映画音楽」というテーマからは少し離れて,渡辺俊幸さんのアレンジの職人技を楽しませてくれる作品でした。もともとは,テレビ朝日で放送している「題名の音楽会」の「アレンジバトルの回」の企画用に渡辺さんが書いた曲で,その名のとおり,モーツァルトの作品を素材としたハリウッドのスーヒーローの出てくる映画音楽風の作品でした。プログラムには,「編曲」と書かれていましたが,1つの曲を単純に編曲したものではなく,複数の曲のメロディを再構成したものでしたので,渡辺俊幸さん作曲と言っても良い作品だと思いました。

「ジュピター」交響曲の第4楽章の「ドレファミ」の主題がヒーローのテーマ(主役),クラリネット協奏曲の第2楽章のメロディがヒーローの恋人のテーマ(愛のテーマ),交響曲第25番の冒頭の主題が敵役のテーマという設定になっていました。いきなり,シンバル入りのファンファーレのような感じで始まるのが「いかにも」という感じで楽しかったですね。クラリネット協奏曲のテーマは,フルートで演奏されていました。他の編曲でもそうですが渡辺さんは,この楽器が好きなのだなぁと思いました。25番のテーマについて,「ゆっくり演奏すると怖い感じになる」と説明されていましたが,確かにそうだと思いました。というわけで,構想どおりの面白さを楽しむことができました。

次に演奏されたのは,たっぷりと演奏された「ムーン・リバー」。「フルムーン・リバー」といった趣きがありました。前半最後は,お馴染み「利家とまつ」のメインテーマ。何回も聞いてきた作品ですが,渡辺さん自身の指揮で聞くのは...久しぶりかもしれません。そもそも,この大河ドラマが放送されて20年になるということで,月日の経つのは速いものだと実感していまし。何か風格を感じさせるような,自作自演ならではの堂々とした演奏でした。


後半開始前のステージ。森山さんは,ギターを歌う時は,スタンドマイクを使っていました。

後半は,お待ちかねの森山良子さんの歌を中心としたステージでした。森山さんは,後半約1時間,すべての曲を歌い,間にはトーク...ということで,まず,その体力が素晴らしいと思いました。トークの中で,「カムカム...」の中で,何回も走らされたエピソードを紹介されていましたが,この日の歌唱+トークを聞いて,ドラマの方もそういう森山さんを見越しての設定だったのではと思うぐらいでした。

この後半のステージですが,最初に予定を変更して,オーケストラ演奏なし,森山さん自身のギターのみで,名曲「さとうきび畑」が歌われました。オーケストラがステージに登場する前に,白いドレスを来た森山さんがスッと登場。ロシア軍のウクライナ侵攻という状況に対して,平和を祈るメッセージが込められた,感動的な歌でした。

森山さんの声質は明るく,「ざわわ,ざわわ」というリフレインにも自然な優しさがあるのですが,曲のクライマックスで出てくる高音には,何かを突き刺すような強さがありました。とても長い曲ですが,弛緩した感じはなく,戦争の歴史を物語るにはこの長さが必要なのだと感じました。長年歌い込まれた語り口の巧みさに感動するとともに,そこに至るまで,戦争が繰り返されていることに対する悲しさも感じました。最後の「悲しみは消えない」という歌詞の後には深い余韻が残りました。戦争が生んだ悲しみは消えない―このことを多くの人と共有したいものです。

その後,オーケストラのメンバーが登場し,チューニングが終わった後,森山さんの名刺代わりのように,「この広い野原いっぱい」と「涙そうそう」の「人気曲」が歌われました(森山さんの曲の中でこの2曲+「ざわわ」が常に上位に来るそうです)。「この広い野原いっぱい」は森山さんのデビュー曲で...何と55年前の曲とのこと。ゆっくりとお客さんの一人一人に”花束”を渡して,挨拶をしてまわるような,ステージの幕開けにぴったりの曲でした。

「涙そうそう」には,大切な人を思う気持ちがしみじみが溢れていました。安定感のある歌唱とともに,思いが溢れるような高音が素晴らしいと思いました。

その後は,この日のテーマである映画の中の音楽,さらにはオペラアリアまで歌われました。私が森山さんの声を聞くのは...15年ぶりなのですが,その時と変わらない,安心して聴ける声でした。特に高音がしっかりと出ているのが素晴らしいと思いました。

「私お気に入り」や「虹の彼方に」といったスタンダードナンバーでは,英語の発音が素晴らしいと思いました。私が書くまでもないことですが,「さすがアニーさん!」と思いました。「私のお気に入り」での演技するような歌には,オリジナルのジュリー・アンドリュースを彷彿とさせる闊達さがあると同時に,スキャットを交えたジャズのテイストも漂っていました。格好良いなぁと思いました。「虹の彼方に」では,オーケストラに負けないぐらいのスケール感でしっかりと歌い上げていました。

ヴェルディの「椿姫」の「乾杯の歌」は,本来はテノールとソプラノが交互に歌う曲ですが,今回は森山さんが1人で担当。1回目はイタリア語,2回目は日本語で歌っており,「飲みごたえ満点」といった歌唱を聞かせてくれました。力を込めた最後の一音が素晴らしかったですね。その後に,飲み過ぎた「酔っぱらい」の歌が続くというのも楽しい構成でした。この曲はシュトラウスの「アンネンポルカ」に歌詞をつけたものですが(過去,OEKのニューイヤーコンサートなどで何回か聞いたことがあります),「基本的にお酒は断らない」という森山さんのキャラクターにぴったりだと思いました。

演奏会の最後の2曲は,渡辺俊幸さんの編曲による作品でした。「あなたが好きで」は,とても美しいアレンジで,しっとりと大人に聞かせるバラードといった曲でした。力のある曲であり,歌唱でした。「星に願いを」は,日本語と英語を交えての歌唱で,しっとりとした雰囲気で,演奏会を「ひとまず」締めてくれました。

当然アンコールが歌われました。個人的には,「カムカム...」の要所要所で使われていた「On the sunny side of the street」を歌ってくれないかなとも思ったのですが...今回アンコールで歌われたのは,「聖者の行進」でした。サッチモつながりの選曲だったのかもしれませんね。そして,これがまた驚きのパフォーマンスでした。OEKがしっかりビッグバンド化し,厚みのある音を聞かせた後,森山さんと色々な楽器のソロとが延々と掛け合いを続けるという楽しい趣向。森山さんが色々な楽器の声色で歌うあたりが素晴らしかったですね。特にトロンボーンの藤原さん(すっかりOEKの常連ですね)のノリノリの演奏が最高でした。遠くから見ても(今回は3階席でした),しっかりと楽しさ気分が伝わって来ました。

この圧倒的な演奏で,大いに会場が盛り上がったところでコンサートは終了しました。改めて「平和な世界」で音楽を楽しめることの喜びを感じさせてくれるような公演でした。上述の「唯一の心残り」については,是非,「森山良子ジャズを歌う」みたいな感じの続編でお願いしたいと思います。


PS. 桜のシーズンが終わると,音楽堂の前に楽都音楽祭の看板が登場。すっかり季節の風物詩になりました。


(2022/04/21)











第4回の予約申込書が既に挟まっていました。この日は入口で何故かKAGOMEの「まろやかソイ」という飲み物が無料配布していました。