OEKfan > 演奏会レビュー

アビゲイル・ヤング・アンド・フレンズ第1夜
2022年5月10日(火)18:30~金沢市アートホール

1) ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調, op.100
2) ブラームス/ヴィオラ,チェロとピアノのための三重奏曲イ短調, op.114
3) (アンコール)ショスタコーヴィチ/2つのヴァイオリンとピアノのための5つの小品~プレリュード
4) ブラームス/弦楽六重奏曲第1番変ロ長調, op.18
5) (アンコール)ブラームス/弦楽六重奏曲第1番変ロ長調, op.18~第3楽章(一部)

●演奏
アビゲイル・ヤング*1,3-5,江原千絵*3-5(ヴァイオリン),ダニイル・グリシン*2-5,般若佳子*4-5(ヴィオラ),ルドヴィート・カンタ*5-6,ソンジュン・キム*2-5(チェロ),藤田めぐみ(ピアノ*2-3)



Review by 管理人hs  

今年のガル祭が終わってまだ1週間も経っていない中,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のコンサートマスター,アビゲイル・ヤングさんを中心とした「アビゲイル・ヤング・アンド・フレンズ」という大変魅力的な室内楽公演が行われたので聴いてきました。この公演は2週連続で金沢市アートホールで行われ,この日は第1夜でした。



プログラムは2回ともブラームスの室内楽曲がテーマでした。出演は,「ヤングさんと仲間たち」ということで,OEKメンバーを中心に次のような方々か登場しました。江原千絵(ヴァイオリン),ダニイル・グリシン,般若佳子(ヴィオラ),ルドヴィート・カンタ,ソンジュン・キム(チェロ),藤田めぐみ(ピアノ)。全部で7人登場しましたが,全員一斉に登場する曲はなく,色々な組み合わせの室内楽が演奏されるという趣向でした。

演奏されたのは,ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番,ヴィオラ,チェロとピアノのための三重奏曲イ短調, op.114,弦楽六重奏曲第1番の3曲でした。ブラームスの室内楽というと,「渋い」「秋のイメージ」という先入観を持ってしまうのですが,小ホールで聴く演奏は迫力満点。どの曲も新鮮で切れば血が出るような熱い演奏を楽しませてくれました。

何よりヤングさんのヴァイオリンが素晴らしかったですね。まず,1曲目のソナタ第2番で,たくましく安定感抜群の音を楽しむことができました。そして,美しい歌に溢れたこの曲の魅力を存分に楽しませてくれました。ヤングさんとは学生時代からの知人でもある,藤田めぐみさんの柔らかく包容力のあるピアノも大変魅力的でした。

第1楽章は,藤田さんのピアノの柔らかで優しい音で開始。それを受けて,ヤングさんの情感がしっかりとこもったヴァイオリンが入ってきました。いつものことですが,力強さと緻密さを兼ね備えた,安心して聞ける演奏でした。第2楽章では,神妙な雰囲気と急速なスケルツォの対比を楽しむことができました。第3楽章でも,ヤングさんのたくましさと美しさのある堂々たる演奏を楽しむことができました。ピアノともども自然な息づかいが感じられ,朗々と音楽が流れていきました。

2曲目の三重奏は,元々はクラリネット,チェロ,ピアノのための曲なのですが,ヴィオラで演奏しても良いという作品です。この曲ではヴィオラのダニイル・グリシンさんとチェロのソンジュン・キムさんの多彩な表現力が素晴らしかったですね。ヴィオラとチェロのための二重ソナタといった感じがあり,この二人の音が作り出す音のテクスチュアの変化の妙を楽しむことができました。

特にグリシンさんの音の幅の広さに改めて感動しました。第1楽章の冒頭,ヴェルヴェットのような音で開始後,厚みのある音が出てきたり,輝きのある音が出てきたり,「ヴィオラ=地味」という印象を変えるインパクトを感じました。ソンジュン・キムさんのチェロもグリシンさんと堂々と渡り合っており,見た目どおりの「大型アンサンブル」という感じでした。第1楽章最後での繊細な雰囲気も素晴らしいと思いました。

第2楽章は,さらにロマンティックでゴージャスな気分。ここでも絶妙のハモリを楽しむことができました。第3楽章は優雅さのあるワルツ。聴いていて気分が盛り上がってくる感じでした。第4楽章は暗い情熱のあるチェロの後,力強さのあるヴィオラが続きました。藤田さんのピアノを交えた,熱く哀愁を持った盛り上がりが見事でした。

いちばん地味な曲かなと思っていたのですが,予想以上にスリリングな演奏を楽しむことができました。アンコールで演奏されたのは,ショスタコーヴィチの作品でしたが,ここでも絶妙のハモリを楽しむことができ,ブラームスの演奏と全く違和感なく馴染んでいました。

後半は弦楽六重奏曲第1番が演奏されました。ブラームスが若い時に作った曲で,編成が大きい分,他の2曲よりも,曲に込められた感情の幅が特に大きいと思いました。第1楽章の冒頭,ロマンティックな気分が溢れるカンタさんのチェロで始まった後,今年のガル祭のテーマ同様,「ロマンのしらべ」といった美しく陶酔的な気分に包まれました。熱く,壮麗な盛り上がりが素晴らしかったですね。6人の奏者がそれぞれ順番に浮き上がってくるような,多彩な音のテクスチュアを楽しむことができました。

第2楽章は特に有名な楽章です。そして,予想に反して,大変力強い演奏でした。もがき苦しむような切ない曲,という印象を持っていたのですが,この日の演奏は,かなり速いテンポで,何かの怒りをぶつけるような荒々しいほどの力強さがありました。それが大変新鮮に響いていました。凜としたヤングさんのヴァイオリン,グリシンさんの力強いヴィオラ,それを包み込むカンタさんの渋いチェロ。OEKの縮図のような室内楽といった感じでした。

第3楽章スケルツォは大変キビキビとした演奏。途中から,アクセルをぐっと踏み込んで,限界に挑むような猛スピードにテンポアップ。ヤングさんと仲間たちが,真剣に楽しんでいるような鮮やかな演奏でした。第4楽章には色々なメロディが次々と出てくる多彩な雰囲気がありました。輝きを持った充実の合奏には陶酔感がありました。曲の最後の部分での喜びにあふれた雰囲気も素晴らしいと思いました。アンコールでは,急速なテンポで演奏された第3楽章の後半が再現。客席の方もさらに盛り上がりました。

というわけで,OEKファンとしては,「こういう公演を聴きたかった」という内容の公演でした。1週間後の第2夜はクラリネットも加わり,また別のブラームスの世界が楽しめそう,と期待しつつホールを後にしました。

(2022/05/20)