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オーケストラ・アンサンブル金沢第455回定期公演マイスター・シリーズ
2022年5月21日(土) 14:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール

1) バッハ,J.S./ピアノ協奏曲第3番二長調, BWV.1054
2) バッハ,J.S./ピアノ協奏曲第5番へ短調, BWV.1056
3) バッハ,J.S./ピアノ協奏曲第7番ト短調, BWV.1058
4) バッハ,J.S./ピアノ協奏曲第2番ホ長調, BWV.1053
5) バッハ,J.S./ピアノ協奏曲第1番ニ短調, BWV.1052
6)(アンコール) シュテルツェル(ヒューイット編)/あなたが私とともにいるのなら
7)(アンコール) バッハ,J.S./ピアノ協奏曲第5番へ短調, BWV.1056~第2楽章

●演奏
アンジェラ・ヒューイット指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-5,7,アンジェラ・ヒューイット(ピアノ)



Review by 管理人hs  

アンジェラ・ヒューイットさんのピアノ弾き振りによる,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演マイスターシリーズを石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。この公演は,元々は2年前の5月に予定されていたのですが,コロナ禍の影響で中止。今回,仕切り直しで開催された念願の公演でした。



プログラムはヒューイットさんが得意とするバッハのピアノ協奏曲を5曲。OEKの定期公演で,協奏曲ばかり5曲というプログラムは大変珍しいことです(バッハのブランデンブルク協奏曲6曲という定期公演が一度ありましたが)。もう一つ,バッハの協奏曲をピアノで演奏するのも,近年珍しいことです。私自身,これらの曲のうちのいくつかは,チェンバロ協奏曲として聴いたことはありましたが,ピアノ版を実演で聴くのは今回初めてだと思います。

OEKの編成は,全曲弦楽セクションのみ。ヒューイットさんは,ステージ中央に斜めにピアノを置き,要所要所でコンサートマスターのヤングさんなど,各パートに合図を出しながらの弾き振りでした。


演奏された協奏曲は,前半が3番,5番,7番,後半が2番,1番でした。ヒューイットさんのピアノには,バリバリと技巧を聴かせるような派手なパフォーマンスはないのですが,赤いドレスでステージに颯爽と登場した瞬間から,ステージがパッと明るくなるようなオーラがあり,その安定感と暖かさのあるピアノ演奏に,すべてのお客さんが魅了されていたのではと感じました。

何よりヤングさんを中心としたOEKメンバーの音としっかりバランスを取りながら生き生きとしたアンサンブルを楽しませてくれたのが良かったですね。ピアノと弦楽器の音が融合した時の,軽すぎず,重すぎずの心地良い暖かさを持ったサウンドが素晴らしいと思いました。

前半は,一般的にはヴァイオリン協奏曲第2番として知られている,第3番で始まりました。ヒューイットさんのピアノの音を実演で聴くのは初めてでしたが,OEKともども,くっきり,キビキビと強弱のメリハリが付けられたとてもバランスの良い演奏でした。ベトついた感じはなく,軽快だけれども,芯のあるサウンドを楽しませてくれました。

第2楽章は低弦に続いて,ピアノがしっかりと歌っていました。チェンバロで聴くよりもたっぷりとした重みがあり,落ち着いた大人の音楽になっていました。第3楽章は優雅な舞曲風。ギスギスした感じがなく,まろやかな音楽となっていました。

ヒューイットさんは,どの曲についても,演奏終了後,大きく手を広げたまま,しばらくストップモーションになっていました。どの曲も,そのポーズにぴったりの高貴な雰囲気が曲の後にスッと残るような心地よさがありました。

第5番は,この日演奏された曲の中ではいちばん短い曲だったと思います。心地良い重みのある第1楽章に続く,第2楽章「ラルゴ」は,特に有名です(プログラムの解説によると,テレマンの曲にそっくりの曲があり,そちらの方が先に書かれたとのことですが...)。コントラバスのピチカートに続いて美しく染み渡る高貴な音楽が続いていました。

個人的には,スイングルシンガーズというヴォーカルグループがこの楽章を歌ったもので馴染んでいたので...実は「ダバダー」という声が頭の中で鳴ってしまっていたのですが,シンプルで静謐な美しさのある原曲の味わいも絶品だと思いました。チェンバロで聴くよりも,少しロマンティックな香りが香る感じだったかもしれません。

前半最後の第7番は,ヴァイオリン協奏曲第1番として知られている作品でした。第1楽章は短調ですが,鮮烈な厳しさよりは,暖かくまろやかな気分がありました。

この日演奏された曲は,すべて,急ー緩ー急の3楽章構成で,2楽章だけがアダージョになったり,ラルゴになったり,シチリアーノになったり...とバリエーションがありました。この第7番は「アンダンテ」ということで,どっしりとしたリズムに乗って,優雅に歩くような気分がありました。静かな音楽が,どんどん深く,連綿と続いていく感じが素晴らしいと思いました。第3楽章も,フレーズの最後の方でぐっとテンポを落とすなど,慌てることのない味わい深さがありました。

バッハのピアノ協奏曲は,実は元々は別の楽器のために書かれた曲ばかりで,第3番と第7番についても,ヴァイオリン版として実演で何回か聴いたことがありますが,やはり,ヒューイットさんの演奏の作り出す音楽が何とも言えず優雅で,ヴァイオリンで聴く時とは一味違った,たっぷりした質感が良いなと思いました。

後半は第2番で始まりました。第1楽章は,どこかブランデンブルク協奏曲の中の1曲のような祝祭的な感じで開始。第2楽章はシチリアーノ。ピアノで聴くと,モーツァルトのピアノ協奏曲第23番の原型のような感じに聞こえてきました。流れすぎず,どこか淡々とした味わいがありました。第3楽章には,オーケストラ共々,品の良い疾走感があり,優雅な香りが後に残るようでした。

最後に演奏された第1番は,曲の構成的にも,いちばんガッチリとした聴きごたえがありました。冒頭ユニゾンでの厳しく,ピリッとした切れ味の良い音楽で始まった後,フッと表情が変わったり,ダイナミックに音楽んが動いていったり...豊かさのある音楽が続きました。ここでもヒューイットさんのピアノとオーケストラとが一体となって作る,重さと軽さが融合したようなサウンドが素晴らしいと思いました。

第2楽章はアダージョ。じっくりと深く呼吸をするような音楽で,くっきりとした歌とドラマが続きました。第3楽章は,生気溢れる疾走感と落ち着きとが両立していました。ヒューイットさんの鮮やかな演奏も素晴らしかったですね。ピアノの技巧的な見せ場がノンストップで続く感じで,華やかな雰囲気の中で演奏会を締めてくれました。この曲については,バッハの次のモーツァルトの時代の作品などにつながるような,協奏曲らしい協奏曲の演奏になっていました。

アンコールはまず,ヒューイットさんの独奏で1曲演奏されました。バッハの曲?どこか違うかな?という感じで聴いたいたのですが,公式Webサイトの情報によると,シュテルツェル作曲(ヒューイット編)の「あなたが私とともにいるのなら」という曲とのことでした。たっぷりとした感動に溢れた素晴らしい演奏で,きっと,ヒューイットさんのお得意の曲なのだろうと思いました。アンコール2曲目は,前半演奏された第5番の2楽章。リラックスしつつも気品高く演奏され,演奏会はお開きとなりました。

というようなわけで,「2年間待っました!」という待望の公演をしっかりと楽しむことができました。今回の共演をきっかけに,ヒューイットさんには是非,金沢にもう一度来ていただきたいですね。ヤングさんとは以前からの「お知り合い」とのことなので,「ヤングさんと仲間たち」みたいな室内楽公演も聴いて見たいと思います。


楽都音楽祭の時にOEKのブースに置いてあった,「ミニOEK」がチケットボックスに置いてありました。

(2022/05/28)