OEKfan > 演奏会レビュー

冨田一樹オルガン・リサイタル:J.S.バッハ至高のオルガン芸術
2022年5月26日(木)19:00~ 石川県立音楽堂コンサートホール

ブクステフーデ/前奏曲嬰へ短調, BuxWV.146
スウェーリンク/エコー・ファンタジア, SwWV.275
パッヘルベル/いと高きところには紙にのみ栄光あれ, P.10
バッハ,J.S./前奏曲とフーガハ短調, BVW.549
バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番ニ長調, BVW.1068~エア
バッハ,J.S./幻想曲とフーガト短調, BVW.542「大フーガ」
バッハ,J.S./前奏曲とフーガハ長調, BVW.545
バッハ,J.S./クラヴィーア練習曲集第3巻~我らの救い主なるイエス・キリスト, BVW.689
バッハ,J.S./シュープラー・コラール集~目覚めよと呼ぶ声あり, BVW.645
バッハ,J.S./天にまします我らの父よ, BVW.737
バッハ,J.S./ライプツィヒ・コラール集~いと高きところには神にのみ栄光あれ, BVW.663
バッハ,J.S./トッカータとフーガニ短調, BVW.538「ドリア旋法」
(アンコール)バッハ,J.S./コラール前奏曲「最愛なるイエスよ,我らここに集いて」, BWV.731

●演奏
冨田一樹(オルガン)



Review by 管理人hs  

5月末の木曜の夜,石川県立音楽堂コンサートホールで行われた冨田一樹オルガン・リサイタルを聴いてきました。プログラムは,前週土曜日のアンジェラ・ヒューイットさんが登場したオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演に続き,J.S.バッハを中心でした。「〇〇とフーガ」といったバッハのお得意の構成の曲4曲を中心に,コラールなどの小品を挟んだ,とてもバランスの良い選曲となっていました。



バッハの前にまず,ブクステフーデ,スウェーリンク,パッフェルベルのオルガン曲が3曲演奏されました。

この3人の中では,特に最初に演奏されたブクステフーデの前奏曲が大変インパクトがありました。大オルガンをイメージして作った曲とのことで,まず冒頭の耳に刺さってくるような音のインパクトがありました。その後は,パンフルートのような音が出てきたり,変化に富んだ音色を楽しむことができました。音楽の流れはどこか無骨な感じで,「北ドイツ」風なのかなと思いました。曲全体として,バッハにつながる重厚な壮麗さがあり,バッハが憧れたのも分かる気がしました。

スウェーリンクの曲は対照的に,足鍵盤を使わない静かな雰囲気の作品でした。2つの合唱が交互に歌う「アンティフォナ様式」による作品ということで,声部の掛け合いが楽しめました。気分としては,2種類の鳥がさえずり合っているようにも聞こえるなぁと思いました。

パッヘルベルの曲も足鍵盤を使わない小品で,フルート3本によるフーガといった感じでした。最初に演奏された3人は,いずれもバッハの先達で,それぞれ北ドイツ,オランダ,南ドイツで活躍した作曲家です。そう思って聴くと,どこか地域性のようなものが感じられて面白いなと思いました。

以下はバッハの作品が9曲演奏されました。メインとなっていた「〇〇とフーガ」系の曲は,構成的には似た感じなのですが,それぞれ冒頭部分の「つかみ」の部分の音色や音の動きが個性的で,その違いを聞くのが面白いなと思いました。最初に演奏された前奏曲とフーガハ長調は,最初の足鍵盤の動きのインパクトがありました。バッハの若々しさを感じさせるような爽快なケレン味を感じました。後半のフーガのジグザグした動きも面白く,親しみやすさを感じました。

前半最後に演奏された,幻想曲とフーガ ト短調は「大フーガ」というサブタイトルが付けられていました(そういえば,小フーガ ト短調も有名ですね)。前半部分は何かを訴えかけてくるような動的な感じと,じっくりと聴かせる静けさとの対比が面白いと思いました。後半のフーガはオランダ民謡をベースにした曲で,短調だけれども親しみやすさを感じました。揺るぎのない安定感と,明快な終わり方が良いなぁと思いました。

オルガンの曲については,最後の音を長~く伸ばすのがパターンで,それが聴きどころでもあるのですが,冨田さんは,重厚感のあるフーガを含む曲の間に演奏された,小品については,それほど音をのばさず,すっきりと終わっている感じでした。足鍵盤を使わない可愛らしい雰囲気の曲や素朴な味を持った曲があったり,プログラム全体にメリハリがついていまるのが良いなと思いました。前半に演奏された,「G線上のアリア」として知られる,管弦楽組曲第3番のエアをオルガン独奏で聴くのは初めてでしたが,オリジナルの雰囲気がそのまま再現されており,オルガンの表現力の豊かさを実感しました。「永遠に続いて欲しい」と思わせる平和な音楽でした。

後半最初に演奏された,前奏曲とフーガハ長調は,冒頭のジグザグした感じと,フーガの部分のとても大らかで真っすぐな感じの対比が面白く,王道を進むような立派さを感じました。

その後,小品が4曲演奏されました。「我らの救い主なるイエス・キリスト」は,しんみり,ブツブツと語るような曲でした。冨田さんによる曲目解説に書かれた「精巧に掘られた偉大な彫刻のよう」という表現どおり,じっくりと深さを味わうような作品でした。

次の「目覚めよと呼ぶ声あり」はこの日演奏されたオルガン曲の中でいちばん有名な曲だと思います。速めの軽快なテンポで,朝聞けばすっきりと目が覚めそうと思いました。途中左手に出てくるメロディのぶっきらぼうな感じもオルガンならではで,どこかユーモラスな感じに聞こえました。

「天にまします我らの父よ」は,バッハのオルガン曲には珍しく,対位法的ではない作品でした。瞑想的な気分があり,この日のプログラム全体の中では,間奏曲的な位置づけになっていると思いました。

「いと高き神にのみ栄光あれ」は,曲目解説に書いてあったとおりテノール声部に出てくる歌をじっくり楽しめました。シンプルだけれども十分な聴きごたえがありました。

演奏会の最後に演奏されたのは,トッカータとフーガ ニ短調。一般的には,バッハのオルガン曲の代名詞である,「あの曲」を思い出しますが,それとは別の曲で,それを明示するために,「ドリア旋法」とか「ドリア風」といったサブタイトルが付けられることのある作品です。輝きとスケール感たっぷりの冒頭をはじめ,壮麗さと堅固さのある音楽になっていました。後半のフーガでも,巨大な建物の中にどんどん入っていくような壮大さがあり,曲の最後の方では,輝きに溢れた世界に包み込まれるようでした。演奏会全体を締めるのに相応しい壮大な作品でした。

アンコールでは,コラール前奏曲の中の1曲が演奏された。新鮮な歌に満ちた演奏で,プログレッシブロックの古典,プロコル・ハルムの「青い影」に通じるような(プロコル・ハルムの方がバッハの影響を受けているのですが)親しみやすさを感じました。

冨田さんは,1曲目の前と最後の曲の後にトークを入れていましたが,その簡潔で親しみやすい解説もとても良かったと思いました。冨田さんが石川県立音楽堂に登場するのは今回が3回目でしたが,今回の公演で,しっかり固定ファンをつかんだのでは,と思いました。バッハのオルガン作品は,まだまだ沢山ありますので,是非,4回目の公演を楽しみにしたいと思います。

(2022/06/02)