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加納律子オーボエ・リサイタル Vol.2 ラプソディ
2022年5月28日(土)14:00~ 金沢市アートホール

1) シューマン/3つのロマンス, op.94
2) ブリテン/世俗的変奏曲
3) レフラー/2つのラプソディ
4) サン=サーンス/オーボエ・ソナタ 二長調, op.166
5) ブラームス/6つの小品, op.118~第1曲 間奏曲イ短調,第2曲 間奏曲イ長調
6) ヒンデミット/三重奏曲, op.47

●演奏
加納律子(オーボエ*1-4;ルポフォン*6)
ダニイル・グリシン(ヴィオラ*3,6),鶴見彩(ピアノ)



Review by 管理人hs  

5月最後の土曜日の午後,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のオーボエ奏者,加納律子さんのオーボエ・リサイタルを金沢市アートホールで聴いてきました。この公演は,コロナ禍の影響で順延になっていたもので,加納さんのリサイタルとしては2回目。「ラプソディ」というサブタイトルがついていました。



「オーボエ・リサイタル」という名称でしたが,前半・後半とも,OEKの客演首席ヴィオラ奏者のダニイル・グリシンさんが演奏する曲があったり,この日のピアノ担当だった鶴見彩さんによる独奏曲が入っていたり,「加納律子と仲間たち」といった室内楽公演のような雰囲気もありました。そして,何より最後のヒンデミットの三重奏曲に登場した,ルポフォンという楽器(初めて見ました)が「目玉」となっていました。

この公演に行こうと思ったのは,加納さんのオーボエの音を間近でしっかり聴いてみたいという思いがあったからです。そして期待どおり,どの曲でも,バランスの良い暖かみのある,安定感抜群の音を楽しませてくれました。今回演奏された曲は,どれも複数楽章からなる15分程度ぐらいの曲ばかりだったのですが,グリシンさんや鶴見さんの力のこもった演奏との相乗効果もあり,大きなものに包み込まれるような,スケールの大きさを感じさせてくれるような演奏の連続でした。

まず,最初に演奏されたシューマンの3つのロマンスから見事な演奏でした。1曲目から,染み渡るようなオーボエの音が一気にロマンの世界に導いてくれました。2曲目は幸福感に溢れた,口ずさめるようなメロディ。中間部,少し不安な気分になるあたりの「小さなドラマ」も魅力的でした。3曲目は美しく強い音で語りかけるような気分。「ラプソディ」の入口にぴったりの1曲目で知った。

次のブリテンの世俗的変奏曲は初めて聴く曲でしたが,「ド#・レー」というモチーフが何かに取り憑かれたように何回も出てくる,非常に多彩でドラマを感じさせる1曲でした。

このシンプルなモチーフが何回も出てくると,「訴えても,訴えても届かない...」という気分が募ってきます。一種,ワーグナーの「トリスタン」音階に通じるムードがあるのではと思いました。その後も,表情豊かなピアノ,叫ぶようなファンファーレ,シニカルな気分のある行進曲,もがくような音の動き...と次々と違った表情が続きます。その後にホッとさせてくれるようなコラールが出てくると,オーボエの音が暗闇に差し込んでくる光のよう感じられました。

この日のプログラムノートは,加納さん自身が書かれていたのですが,とても分かりやすい内容でした。後半の曲については,「踊れないワルツ」「陽気に始まりに次第に狂気に」という記述がされており,「なるほどそのとおりだ」と思いました。この曲は欧州で第2次世界大戦が始まる直前の1936年に書かれた作品ですが。この曲の段々と狂気に巻き込まれていく感じには,どこか人間が戦争に巻き込まれていく状況に通じるものがあるのではと,現在のウクライナ情勢を思い出してしまいました。

曲の最後は主題が再現しますが,非常に強くドラマティックな音で演奏されていました。特に最後の部分では鬼気迫るような空気が会場いっぱいに広がりました。それでいて,ヒステリックな感じにならないのが加納さんのオーボエの素晴らしさだと思いました。

前半最後のレフラーの2つのラプソディは,演奏会全体のタイトルが「ラプソディ」でしたので,全体の核となるような曲だったと思います。まず,グリシンさんのヴィオラの深い音が登場。怪しくも神秘的な世界に一気に誘ってくれました。このグリシンさんのヴィオラが加わるだけで,室内楽とは思えない,スケール感が広がりました。

2曲目は「バグパイプ」というタイトルが付けられていました。最初は「どこがバグパイプ?」と思っていたのですが,段々とそれらしくなってきました。ヴィオラがドローンバスを演奏し,その上にオーボエの音が乗ると,これはやっぱりバグパイプだなという感じになりました。この2つの楽器のハモリが絶妙でした。

後半最初のサン=サーンスのオーボエ・ソナタはこの日演奏された曲の中でいちばん気楽に聞ける作品でした。古典的な清澄さと自由でロマンティックな気分とが重なり,聞く方も,とても優しい気分にさせてくれました。

第1楽章は優しい素朴さのある,愛すべき作品。この曲はサン=サーンスの亡くなる前年に書かれたとのことですが,俗世を超越したような雰囲気があるなと思いました。第2楽章ものどかで,どこか鼻唄混じりのような雰囲気がありました。第3楽章は軽々でシンプル。曲の最後に相応しい華やかな盛り上がりもあり,曲の最後はオペラのアリアの終結部のようでした。

続いて,鶴見さんのピアノ独奏で,ブラームス最晩年の間奏曲が2曲演奏されました。ブラームスがクララために書いた作品ということで,1曲目に演奏されたシューマンの3つのロマンスとうまくバランスが取れているなと思いました。クララへの思いがストレートに伝わってくるような誠実な美しさのある演奏だったと思います。

そして最後の曲では,加納さんがオーボエからルポフォンに楽器を持ち替え,ヒンデミットの三重奏曲が演奏されました。ルポフォンという楽器は,オーボエよりも1オクターブ音域が低い楽器で,2009年に発表されたバス・オーボエとのことです。ヒンデミットのこの曲は本来,ヘッケルフォンとヴィオラとピアノのための三重奏だったのですが(それにしても,ヒンデミットは変な(?)組み合わせを思いついたものです),今回はヘッケルフォンの代わりにルポフォンで演奏されました。

楽器の感じとしては,サクソフォンのような感じでした。が,サックスよりは,かなり重そうな感じで,加納さんは両手を使って運搬していました(サックスのような首紐(?)は付いていませんでした)。音の感じもサックスに似たところがあり,暖かで柔らかな感じでした。

ヒンデミットのこの曲は,ストラヴィンスキーやショスタコーヴィチの曲を思わせるような狂気をはらんだようなところがあったり,結構晦渋な感じもありましたが,ヒンデミットの曲らしく,緻密に構成されている感じが魅力なのだと思います。

演奏を通じて,加納さんのルポフォンに加えて,グリシンさんと鶴見さんの演奏の迫力が素晴らしく,大変充実した音楽となっていました。特に曲の最後の部分には,何かフリー・ジャズを聴くような不穏な空気をまとったエネルギーと狂気があり,凄いなと思いました。

この日のプログラムでは,オーボエの魅力を伝える各曲に加え,最後には加納さんの「秘密兵器」ルポフォンの威力もしっかりと感じさせてくれ,加納さんも大変嬉しそうな表情を見せていました。

この日は客席を1個おきにしていたこともありチケットは完売でした。演奏会の最後,アンコールに代えて,加納さんが金沢で演奏活動を行えることについて感謝の言葉を述べていましたが,お客さんの方からすると,この言葉は,そのまま加納さんへの感謝の言葉として返したいと思いました。加納さんの充実した音楽活動の積み重ねと人生経験を伝えてくれるような充実した演奏会でした。是非,第3回リサイタルに期待をしています。

PS. 金沢前のもてなしドームには,3年ぶりに開催される,金沢百万石まつりのタペストリーが出ていました。


しばらく故障していた噴水のメッセージ直っていました。


(2022/06/06)