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原田智子ヴァイオリン・リサイタル
2022年7月1日(金) 19:00~ 金沢市アートホール

1) バッハ, J.S./無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番~シャコンヌ
2) ブラームス/ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調, op.108
3) ドビュッシー(ハイフェッツ編曲)/美しい夕べ
4) モーツァルト(クライスラー編曲)/ロンド
5) ホイベルガー(クライスラー編曲)/真夜中の鐘
6) イザイ/無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第5番~第1楽章「夜明け」
7) ヴォーン・ウィリアムズ/揚げひばり
8) (アンコール)フォスター(ハイフェッツ編曲(多分))/金髪のジーニー

●演奏
原田智子(ヴァイオリン),倉戸テル(ピアノ*2-5,7-8)



Review by 管理人hs  

早くも梅雨が明けてしまった7月1日の週末金曜日の夜,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のヴァイオリン奏者,原田智子さんのヴァイオリン・リサイタルを金沢市アートホールで聴いてきました。原田さんは毎年のようにリサイタルを行っていますが,ますます絶好調。ピアノの倉戸テルさんとともに,今回も素晴らしい演奏を楽しませてくれました。


座席は1つおきになっていました。そろそろこの配置も終了でしょうか。

今回まず,素晴らしかったのは,選曲・構成だったと思います。前半最初に,J.S.バッハの無伴奏の「シャコンヌ」,続いてブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番。どちらも後半のトリに来ても良いような重めの作品でしたが,それらをバシッと聞かせた後,後半はハイフェッツとクライスラー編曲による小品3曲。最後はイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第5番から第1楽章「夜明け」とヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」。最後の2曲は,続けて聴くと,どこか響き合うような,共通する味わいを感じました。

重量感のある前半とSPレコードの世界を思わせる後半。締めは,永遠に続いて欲しいと思わせるような「揚げひばり」。センス抜群の素晴らしい公演でした

演奏の方は,いつもどおりの原田さんの音と表現を楽しむことができました。ビシッと引き締まった緻密で密度の高い音をベースに,熱く歌ったり,虚無的にクールに決めたり...自由自在に原田さんの世界を聞かせてくれました。

演奏会最初のシャコンヌを原田さんの演奏で聴くのは,2回目だと思いますが,大げさになり過ぎず,辛口な雰囲気の中から段々と味わい深さが増して来るようでした。冒頭は,ちょっとぶっきらぼうな感じもする,独特の歌い回し。精緻さとトツトツと語る雰囲気が絡みながら,次第に熱を帯び,別世界へ。ボウイングの一つ一つが何かを物語っているような聴きごたえのある演奏でした。

ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番では,倉戸さんのピアノの豊かで余裕たっぷりの音と相俟って,スケールの大きな音楽を楽しませてくれました。第1楽章は繊細なニュアンスを感じさせる精緻な音で開始。途中から引き締まった音で挑みかかってきたり,ヴィブラートをしっかり掛けて熱く迫ってきたり,迫力十分の演奏でした。

展開部で続くピアノの連打は原田さんによるプログラム解説に書かれていたとおり,ヒタヒタと迫ってくる独特の雰囲気。倉戸さんのピアノには艶やかな気分もあり,演奏会全体を通じて,原田さんのヴァイオリンを引き立てていました。

第2楽章でのじっくりと語り合うような深さも素晴らしかったですね。静かな歌が息長く続き,聴いている方も深~く呼吸をしたくなる感じでした。第3楽章は,どこかユーモラスな気分。一癖のある男女による小粋な対話という感じでした。第4楽章は激しく引き締まった音楽で開始。ピアノの落ち着きのある瑞々しい音が支える中,最後は暗い情熱をもって締めてくれました。

後半の最初は,ハイフェッツとクライスラー編曲による小品3曲で始まりました。こういう親しみやすい曲が並ぶと,前半のアンコールのような感じになり,会場の雰囲気がどんどん盛り上がってくるようでした。

ドビュッシー(ハイフェッツ編曲)の「美しい夕暮れ」は,個人的には,OEKのチェロ奏者のルドヴィート・カンタさんの演奏で何回も聴いたことのある曲です。ドビュッシーの曲の中でいちばんロマンティックな曲かもしれませんね。文字通り美しい夕焼けを思わせるようなピアノの響きの上で,原田さんの抑制されたヴァイオリンの音が密やかに歌われました。

モーツァルト(クライスラー編曲)の「ロンド」は,ハフナーセレナードの中の1つの楽章。子どもが無邪気に跳ね回るような印象のある曲でしたが,原田さんの演奏には,愉悦感と同時に,暖かみと落ち着きがありました。楽しいこともあれば辛いこともある―そういう人生経験の豊かさを背後に感じさせてくれるような「大人のロンド」だと思いました。最後はビシッと締めてくれたのも良かったですね。

ホイベルガー(クライスラー編曲)の「真夜中の鐘」もとてもロマンティックな曲でしたが,甘くなりすぎることなく,堂々と聴かせつつも,切なさが漂う魅力的な演奏でした。

3曲とも,単に親しみやすいだけでなく,その中に「人生の苦み」のようなテイストがあるのが良いなと思いました。何というか...私自身の波長とぴったりとシンクロするような演奏ばかりでした。

イザイの無伴奏の曲は実演で聴くのは初めてでしたが(多分),かすれるような弱音とピツィカートで始まる冒頭部が非常にミステリアス。「この雰囲気,いいなぁ」と思いました。別世界が広がっていくようでした。第1楽章だけの演奏でしたが,次に演奏された「揚げひばり」の世界と響きあうような感じで,絶妙の選曲だと思いました。

「揚げひばり」の方も冒頭のヴァイオリンソロの部分の高く雲雀が飛翔するような感じが魅力的で,イザイのエコーを聴きながら,さらに異次元の世界に入っていくようでした。ちょっと和風な気分のある英国風のメロディも魅力的。どこか瞑想的で,最後は美しい空に舞い戻っていくような静かな雰囲気で演奏会を締めるセンスが,とても良いなと思いました。

アンコールで演奏されたのは,フォスターの「金髪のジーニー」(多分,ハイフェッツ編曲版だと思います)。後半最初の3曲に通じる親しみやすい曲で,SPレコードを生で聴いているようなインティメートな充実感を感じました。

原田さんは,これまでのリサイタルでは,バッハの無伴奏など聴きごたえのあるソナタなどを中心に演奏してきましたが,今回のような小品を交えてプログラムも面白いなぁと思いました。原田さんの人柄をより親密に感じられるような味わいがありました。というわけで...すっかり原田さんファンになっているのですが...原田さんのリサイタルには,今後さらに期待をしたいと思います。よろしくお願いいたします。

(2022/07/09)




このチラシの雰囲気も目を引きます。西洋の時代劇(?)などに出てきそうな雰囲気です。ちなみに,この日の衣装は普通の黒いドレスでした。