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オーケストラ・アンサンブル金沢第457回定期公演フィルハーモニー・シリーズ
2022年7月15日(金)19:00~石川県立音楽堂コンサートホール

1) バッハ, J.S.(ウェーベルン編曲)/「音楽の捧げもの」~6声のリチェルカーレ(管弦楽版)
2) ドヴォルザーク/ヴァイオリン協奏曲イ短調, op.53
3) (アンコール)バッハ, J.S./無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調, BWV.1005~第2楽章ラルゴ
4) ブルックナー(バボラーク編曲)/弦楽五重奏曲へ長調~アダージョ(弦楽合奏版)
5) リスト(トバーニ編曲)/ハンガリー狂詩曲第2番ハ短調(管弦楽版)
6) (アンコール)シベリウス:悲しきワルツ, op.44

●演奏
広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1-2,4-6,小林美樹(ヴァイオリン*2-3)


Review by 管理人hs  

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の2021/2022年シーズンを締めくる定期公演フィルハーモニー・シリーズを石川県立音楽堂コンサートホールで聴いてきました。指揮は,9月からOEKのアーティスティック・リーダーに就任する広上淳一さん,ヴァイオリンは小林美樹さんでした。このプログラムが決まった時には,就任のことは決まっていなかったと思いますが,広上さんらしさが存分に発揮された,楽しく・新鮮・聴きごたえのある公演となりました。



まずプログラムが非常に個性的でした。定期公演の場合,「交響曲で締める」のが定番ですが,この公演に交響曲はなく。その代わりにOEK単独で演奏したのは,編曲作品ばかり。ウェーベルン編曲のバッハは以前に定期公演で取り上げられたことがありますが,それ以外の作品は初めて聴く曲ばかりでした。それぞれにキャラクターが違う曲ばかりで,新しくスタートを切る広上&OEKコンビの魅力のエッセンスをデモンストレーションするようでした。

最初に演奏された,ウェーベルン編曲のバッハの「音楽の捧げもの」の6声のリチェルカーレは,飯尾洋一さんがプログラムに書かれていたとおり,私にとっても,かつてNHK-FMで放送していた「現代の音楽」という番組のテーマ曲のイメージがいまだにあります。冷たく不気味な雰囲気というイメージを持っていたのですが,広上さん指揮OEKの演奏には,暖かみを持った浮遊感があり,絶妙の調和のある音楽となっていた気がします。フレーズの途中で楽器が変わる”点描”的な面白さを残しつつも,どこかまったりとこなれた音楽を聴かせてくれました。石川県立音楽堂の音響の力もあると思いますが,この曲も「古典」になったのだなぁと感じさせてくれるような演奏でした。

続いて,ヴァイオリンの小林美樹さんとの共演で,ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲が演奏されました。意外なことに。OEKがこの曲を取り上げるのは今回が初めてとのことです。トロンボーンが入らない曲で,チャイコフスキーの協奏曲などとほぼ同じ編成なので,「盲点になっていた」としか言いようがない感じです。そして,今回初めて実演を聴いた小林美樹さんのヴァイオリンがお見事でした。すっかりファンになってしまいました。



第1楽章冒頭,管弦楽で,十分な厚みを持った土着的な雰囲気を持った音で始まった後,小林さんの堂々としたヴァイオリンが入ってきました。この日,小林さんは銀色のドレスを来ていましたが,まさにそういう雰囲気で,音色に落ち着いた味わいがありました。技をひけらかす感じはなく,演奏全体に堂々とした自信ががあふれ,安心してドヴォルザークの音楽に浸ることができました。その一方で,音楽には常にテンションの高さがあり,情熱を秘めていました。そのバランス感覚が素晴らしいと思いました。

広上さんの指揮には大らかさがあり,その大船にのったような心地よさの上で,小林さんのヴァイオリンのテンションがどんどんアップしていくようでした。

第2楽章でもくすんだ感じのヴァイオリンの音が曲の気分にぴったりでした。フルート,オーボエなどが加わっていくと,暖かな懐かしさが加わり,「これぞドヴォルザーク」という世界になりました。中間部には力強さがありましたが,派手過ぎることはなく,地に足の付いた情感がこもっていました。開放感のある雰囲気の後,静かな雰囲気で楽章を締めてくれました。

第3楽章も次々と多彩なメロディが湧き上がってくる,ドヴォルザークらしい音楽。まず,冒頭の小林さんのヴァイオリンと第1ヴァイオリンのハモリが美しかったですね。室内楽的な楽しさがありました。広上さんは,思い切りよくアクセントを付けたり,グサッと気合いを入れるような動作で特定のパートを強調したり,背後から見ていても「楽しそう」な雰囲気が伝わってきました。OEKの作り出す表情豊かな音楽とぴたりと絡み合い,曲の終結部に向けて,どんどんテンションが上がっていくのがスリリングでした。

小林さんのヴァイオリンには,喜怒哀楽を素直に出しているような自然さがあり,ラプソディックな気分のある楽章にぴったりだと思いました。室内楽を演奏するような密度の高さと同時に,演奏全体に漂う大らかな雰囲気には,何とも言えない「華」もあり,「良い音楽を楽しませてくれたなぁ」という充実感が後に残りました。

鳴りやまない拍手に応えて演奏されたバッハの「無伴奏ヴァイオリン」の中のラルゴには,品格の高さがあり,ホール全体に落ち着きのある音が染み渡っていました。

後半最初に演奏されたのは,ブルックナーの弦楽五重奏曲ヘ長調の中のアダージョ楽章を,ベルリン・フィルのホルン奏者,ラデク・バボラークが弦楽合奏用に編曲したものでした。恐らく,OEKが初めて演奏したブルックナーだと思います。曲自体,素晴らしく美しい作品で,ブルックナーの「隠れた名曲」だと思いました。

曲は「アダージョ」というほど,テンポが遅い感じはせず,色々な楽想が次々出てる感じの親しみやすさがありました。広上さん指揮OEKの弦楽合奏には十分な厚みがありました。穏やかだけれども停滞する感じはなく,常に何かを物語っているようでした。その点で,シェーンベルクの「浄夜」に通じるムード(ただし,もっと健康的ですが)があると思いました。陶酔的なメロディが延々と続く感じは,シューベルトに通じる部分もあると思いました。

途中,首席ヴィオラ奏者のダニイル・グリシンさんによる,非常に雄弁なソロが出てきました。広上さんの大きな指揮の動作に合わせて,オーケストラ全体がぐわーっと盛り上がる部分もあるなど,抒情的な中にドラマをはらんだ音楽となっていました。メロディの美しさに加え,様々な思いが次々と去来していくうちに,幸福感がどんどん高まっていくような意味深さも感じました。濃厚さはあるけれども爽やかさも漂うような演奏で,「良い時間を過ごしたな」と思わせる音楽を堪能させてくれました。

演奏会の締めは,トバーニ編曲によるリストのハンガリー狂詩曲第2番でした。非常に有名な,いわば「通俗名曲」といっても良い作品なので,かえって,定期公演のトリとして演奏されることはほとんどない曲ですが,ブルックナーの後で聴くと,その静と動のコントラストの面白さが際立っていました。

トバーニの編曲ですが,楽器の使い方は,通常耳にすることの多い版(飯尾さんの解説によると,ミュラー=ベルクハウス版)とほぼ同じで,楽器編成がコンパクトになっただけ(=OEKのぴったりの版)といった印象でした。

冒頭の弦楽器の音からゴージャスでした。ヤングさんを中心とした芯のある強さを楽しませてくれました。力強さを感じさせてくれたチェロパートを素晴らしいと思いました。前半は,遅いテンポをキープする広上さんの楽しそうな顔が目に浮かぶようでした。弦楽器がたっぷりとした音を鳴らす一方,とても鮮やかな音を出していたクラリネット(エキストラの方でした)などは,ほとんどソリストのような感じで活躍をしていました。トライアングルやグロッケンなど,打楽器群の”彩り”も豊かでした。

後半は,一転して軽快な感じになりますが,それでも慌てる感じはなく,広上さんの指揮ぶりは,ケレン味たっぷりにもったいぶったり,やんちゃな感じで特定の弦楽器を強調したり,緩急自在。リラックスした気分がベースにあるからこそ,要所要所でビシッと決まるダイナミックさを感じました。オーケストラ音楽の楽しさがあふれ出てくるような演奏でした。広上さんを含め,メンバー全員が音楽を楽しんでいるような演奏だったと思います。

演奏後,9月からの「リーダー就任」を前に広上さんから一言あいさつがあった後(定期公演に大勢の人に来てもらい,「心の居酒屋」のようになって欲しい...といった言葉が印象的でした),シベリウスの「悲しいワルツ」がアンコールで演奏されました。この曲もまた,じっくりとしたテンポと抑制された音で開始。体全体を使った,広上さんならではの指揮で,OEKを見事にコントロールしていました。最初の方は弦楽合奏なのですが,途中,パッと光が差し込むように,松木さんのフルートが入ってきます。この部分でのゾクッとするような気分の変化が素晴らしいと思いました。

広上さんのアイデア満載の選曲に加え,OEKを自在にドライブした,濃厚かつ楽しさの溢れる演奏ばかりでした。新シーズンへの期待がさらに広がった演奏会でした。

PS. この日の20分の休憩時間中,ホール内のカフェで広上さん自身がお客さんにコーヒーを入れるサービスを行っていました(下の写真のような雰囲気)。少々時間が足りなかったようで「アイスクリームの方が良かったかも」と広上さんは語っていましたが,定期公演会場が,これまでとは一味違った雰囲気になっていくのかもしれませんね。



(2022/07/22)