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もっとカンタービレ:オーケストラ・アンサンブル室内楽シリーズ
第4回 色彩と光 フランス室内楽集
2007/12/19 石川県立音楽堂交流ホール
1)ミヨー/2つのヴァイオリンとピアノのためのソナタ
2)ジョリヴェ/7人のためのラプソディ
3)ルベル/舞踊の諸相
4)ダングルベール/ラ・フォリア
5)デマレ/歌劇「ヴィーナスとアドニス」〜パッサカリア
●演奏
大村俊介,大村一恵(ヴァイオリン*1),坂本久仁雄(ヴァイオリン*2),上島淳子,原三千代(ヴァイオリン*3,5),松井晃子(ピアノ*1),今野淳(コントラバス*2,3,5),遠藤文江(クラリネット*2),柳浦慎史(ファゴット*2,3,5),藤井幹人(コルネット*2),西岡基(トロンボーン*2),渡邊昭夫(打楽器*2),上尾直毅(チェンバロ*3-5),ヴィダス・ヴェケロタス,ムーア(ヴィオラ*3,5),ヤンギー・リー(チェロ*3,5),岡本えり子(フルート*3,5),加納律子(オーボエ*3,5)
浜中康子(バロックダンス),井上道義(お話)
Review by 管理人hs  
この日の公演の案内です。下の写真は交流ホールを上からのぞきこんだところです。


オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の団員自身のプロデュースによる室内楽公演シリーズ「もっとカンタービレ」の第4回「色彩と光:フランス室内楽集」に出かけてきました。このタイトルだけだとなかなか想像はつかないと思いますが,団員によるトークを交えた非常に独創的な内容でした。何よりも,石川県立音楽堂の交流ホールの機能と雰囲気を十分に使い切っていたのが,素晴らしいと感じました。さすがこのホールを本拠地とするOEKならではです。

今回のプログラムは,前半がミヨーとジョリヴェ,後半がルイ14世時代のバロック・ダンスということで一般に「クラシック音楽」と呼ばれる古典派〜ロマン派時代がすっぽりと抜けていたのが特徴でした。私自身,初めて聞く曲ばかりでしたが,それでいて,大変楽しめる内容になっていました。これは,OEK団員の演奏の素晴らしさだけではなく,今回,進行役として登場された井上道義さんの雰囲気作りの巧さによるところも多いと思いました。

実は,当初,井上さんがバロック・ダンスを踊ることになっていたのですが,体調不良で,トークのみの参加になってしまいました。井上さんについては,指揮姿を一目見れば分かるとおり,ダンスの素養があることは明らかです(子供の頃,バレエを習っていたとのことです。また,以前,定期公演でパントマイムを見せて頂いたこともありましたね)。今回,ダンスが見られなかったのは非常に残念だったのですが,それを補ってくれるようなサービス精神たっぷりのトークでした。恐らく,踊れなかった分をトークで盛り上げようという気持ちがとても強かったのではないかと思います。

それにしても前半と後半のプログラムには大きな落差がありました。これがフランス音楽という一点だけで違和感なくつながってしまうのも,この企画ならではかもしれません。前半はヴァイオリンの大村夫妻とピアノの松井晃子さんによる,とてもさっぱりとした,しかし暖かみのある,ミヨーの曲で始まりました。繊細さに満ちた曲なのですが,静かな部分でも暗くならず,どこか乾いたところがありました。日本(特に年中湿気の多い北陸地方)とは全く違う空気が漂う曲ということで,大村さんの選曲のセンスの良さを感じました。

演奏後,井上道義さんが,ピアノの松井さんにインタビューをされていましたが,お客さんが入っている方が弾きやすいとおっしゃられていました。リハーサルの時は,響きが飛び散る感じだが,お客さんが入るともっと落ち着いた感じになるということでした。この日は,本当に間近のお客さんに取り囲まれる形になっていましたが,こういう雰囲気もなかなか面白いと思いました。

続いて,ジョリヴェの曲が演奏されました。これは11月に金沢市民芸術村で行われたストラヴィンスキーの「兵士の物語」の公演の時に予告されたプログラムでした。演奏者もその時のメンバーと全く同じでした。楽器の配置は次のとおりでした。

       Perc  Tb
   Cb      Cl  Cor
     Vn      Fg

このプログラムの発案者である坂本さんのお話によると,「ジャズのセッション風に並べてみました」とのことです。前述のとおり,お客さんの座席に取り囲まれていましたので,見た目の点からも通常のクラシック音楽の演奏とはかなり違った雰囲気がありました。

曲の方は,見た目以上に斬新でした。ストラヴィンスキーに通じる原始的な雰囲気で始まった後,どこか大相撲の太鼓のような感じで打楽器が加わります。そして...最終的には非常に前衛的でフリー・ジャズに近い感じになります。この「前衛」という言葉は,今となっては,かえってレトロっぽく響きます。この曲の作られた1957年の時代の空気を伝える曲という気もしました。

この後,一旦坂本さんのトークが入りました。ストラヴィンスキーの「兵士の物語」と同じ編成の曲としては,ジョリヴェの作品以外にジャズ・トランペット奏者ウィントン・マルサリスの作った曲があるとか,ジョリヴェには,来日記念に作られた「パチンコ」という作品があるとか(「へぇ,へぇ,へぇ」ということで,何か「トリビアの泉」辺りに出てきそうな話です),現代曲は著作権処理の関係でお金がかかるがそれでもやりたかった...など,面白い話題や演奏上の苦労話などが次々と出てきました。曲中にトークが入るのは異例のことですが,この曲の場合,演奏する方も聞く方もとても大変ということで,丁度良い休憩となりました。

このシリーズでは,「言い出した人が書く」という感じで,プログラムの発案者が曲目も解説を書くのがルールになっているようです。この曲については坂本さんが書かれていましたが,団員の方が書いた文章を読む機会はあまりないことなので,これも面白いと思いました。

第2楽章はゆったりとした古代のムードが漂い,第3楽章は急激な音の動きとなりますので,全体の構成としては,急−緩−急ということになります。ラプソディと言いつつ,形式感を感じさせる辺りも面白いなと思います。曲の最後の方は,一言で言うと「汚い音」が強烈に出てきて,ズドンという感じで終わるのですが,とてもスリリングな曲でした。

交流ホールでは,時々ジャズの演奏会も行われているようですが,ここで演奏すると妙に雰囲気が出る曲なのではないかと思いました。ジョリヴェと言えば,「のだめカンタービレ」にも出てきた打楽器協奏曲を思い出しますが(OEKもCD録音を行っています),このラプソディでも,渡邊さんが沢山の打楽器を打ち分けて大活躍されていました。この室内楽シリーズでも打楽器を中心とした曲をまた聞いてみたいなと思いました。

後半のバロックダンスの方は,一転して,交流ホールをヴェルサイユ宮殿に見立てた設定となりました。ステージの設定は,次のような感じになっていました。



この配置はルイ14世時代の宮殿の雰囲気を意識したもので,ステージを変幻自在に変えられる交流ホールならではの趣向でした。ちなみに最前列正面の座席のお客さんがルイ14世役ということになります。今回登場した浜中康子さんは,バロック・ダンスの著書なども書かれているこの分野の第1人者と言っても良い方です。交流ホールに登場するのは2回目なのではないかと思います。

まず,バロックダンス入門ということで,バロック音楽の組曲に登場する,メヌエット,ガボット,サラバンドという3つ舞曲のステップを浜中さんの解説付きで実演して頂きました。組曲を純粋な音楽として聞く場合は,どの部分でどういうステップを踏むかといったことを意識することはないのですが,こうやって実際にダンスとして視覚的に見ると,聞き方も変わってきそうです。演奏していたOEKの方々の方もきっと参考になったのではないかと思います。井上さんが,お客さんの気持ちを代弁するかのように,所々で「今のよくわかんなかったんだけどぉ?」という感じの突っ込みを入れてくれたので,浜中さんの説明はさらに丁寧なものになりました。この辺の場の仕切り方がとてもうまいなと感じました。

ちなみに当時のダンスについては,音楽の楽譜に当たる舞踏譜が残っており,(1)動線,(2)ステップ,(3)音楽との関わり,が記録されているとのことです。この日のプログラムには,その譜面の例をコピーしたものが挟まれていましたが,こういう「教養講座」的な知識を増やしていくのも楽しいことです。

また,ポシェット・ヴァイオリンという超小型のおもちゃのようなヴァイオリンも紹介されました。当時のダンス教師は,「歌って踊れる」ならぬ,「弾けて踊れる」ことが求められていたようです。OEKの上島さんがこの楽器を演奏し,それに合わせてダンスが披露されましたが,とても鄙びた感じでしかも小さな音でした。当時の楽器で言うと,クラヴィコードなどの小音量の楽器と合うのではないかと思いました。

以下,このようなトークを交えて3曲が演奏されました。かなり珍しい曲ばかりでしたので,配布された浜中さんによる曲目解説の内容などととともに紹介しましょう,

●ルベル:舞踏の諸相 J-F.Rebel:Le caract des de danse
1715年(ルイ14世の没年)作曲された,一種の幻想曲で,舞踏譜は残っていませんが,次々と次のような舞曲が続きます。
  • (プレリュード)
  • クラント
  • メヌエット
  • ブレ
  • シャコンヌ
  • サラバンド
  • ジグ
  • リゴドン
  • ガボット
  • (ソナタ)
  • ルール
  • ミュゼット
  • (ソナタ)
※曲目解説中では,この順で書かれていましたが,全部演奏されたのかはよく分かりませんでした。この中のカッコで囲まれた部分は器楽のみで演奏される部分なのではないかと思います。

今回は浜中さんの衣装替えの時間ということで,器楽曲として演奏されました。中ではミュゼットの中間部だと思うのですが,チェンバロの上尾さんが持ち替えで演奏していた小型のバグパイプの音が印象的でした。後で井上さんが「もう一回やってみて下さい」とリクエストし,この楽器だけの音を聞かせて下さい。ドローンの音が延々と続いているので,音楽の終結感がなく,アドリブでどれだけでも演奏が続くような呑気さが田舎風舞曲にはとてもよく合うと思いました。

●ダングルベール:ラ・フォリア J.H.D'Anglebere:Folie d'Espagne
この曲のタイトルは「スペインのフォリア」というものです。ルイ14世はスペインとの関係が深いので,こういう音楽が好まれたようです。振り付けはフイエ(R-A.Feuillet)のもので,ダンサーがカスタネットを打ち鳴らしながら踊ります。

この「フォリア」というのは,春の大型連休中のイベントとしてすっかりお馴染みになった「ラ・フォル・ジュルネ」音楽祭と同じ語源です。井上さんもこの音楽祭の常連ですが,「”ラ・フォル・ジュルネ”を”熱狂の日”と訳していますが,本当は,「馬鹿げた」「アホな」と言った方が本来の意味に近いかも」とおっしゃられていました。

音楽自体は,後世の作曲家が変奏曲の主題として頻繁に使っているものですので,一度聞けば,「これか」と思い浮かぶものです。例えば,ラフマニノフがこの主題をもとにピアノ独奏用の変奏曲を作っていますが,今回は上尾さんのチェンバロ独奏で演奏されました。

浜中さんは,ダンスのステップのデモンストレーションを行う時は,足を見やすくするため練習用の衣装でしたが,このラ・フォリアの時は当時の雰囲気の衣装に着替えて来られました。あまり表情を変えず,背筋をピンと伸ばしての踊りは,貴族のための踊りという感じで,見ている方にもその雰囲気がよく伝わってきました。カスタネットは,両手を打ち合わせて鳴らすのではなく,片手だけで鳴らしていましたが,それにしても細かい音の動きでした。

●デマレ:歌劇「ヴィーナスとアドニス」〜パッサカリア Desmaret:Passacagalia
このパッサカリアという曲種は,語源的にはパストラールと共通するとのことです。当時,貴族の間に広まっていた田園趣向への憧れを反映した曲です。このデマレの作品では,ランクレの「踊るカマルゴ」という名画を参考に作った衣装で踊られました。踊りの最後の部分では,「絵のように終わりたい」ということでした。ダンスの方は,かなりバレエに近いものになっており,浜中さんが言われたとおり,まさに絵から抜け出てきたような雰囲気がありました。

ちなみに以下のような絵です。この絵はNational Gallery of Art, Washington所蔵のようで,そのサイトに写真が掲載されていました。
http://www.nga.gov/cgi-bin/pimage?99+0+0+gg54
確かに浜中さんはこのような衣装を着られていました。

演奏後,井上さんが「ずっと無表情で踊るんですね」と浜中さんに問いかけたのですが,「途中,表情を変えていたんですが...」と答えていました。客席から見ていると,前半は確かに無表情だったのですが,中間部で確かに一瞬表情がとても明るくなっていたのが分かりました。この辺のコントラストは,見所だったのではないかと思います。井上さんは見逃したようで,惜しいことをしたと思いました。

というわけで,今回の「もっとカンタービレ」では,クラシックの保守本流(?)から外れた作品を耳だけではなく,目でも楽しませてくれるという企画でした。今回,井上道義さんは,とても踊りたそうにされていたのに,めまいがするということで当日になってキャンセルされたのですが,是非機会を作って再挑戦して頂きたいものです。

PS.井上さんの体調についてですが,ご自身が語られていたとおり,11月頃東京の日比谷公会堂などで行われていたショスタコーヴィチの交響曲全集という大企画のお疲れなのではないかと思います。お疲れをしっかり取っていただいた上で,バロックダンスだけではなく,ショスタコーヴィチの方も金沢で是非聞かせて頂きたいものです。

(参考サイト)バロックダンス情報
(2007/12/22)