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東京二期会オペラ劇場「ナクソス島のアリアドネ」
2008/06/27 東京文化会館大ホール
シュトラウス,R./歌劇「ナクソス島のアリアドネ」(プロローグと1幕のオペラ;字幕付原語(ドイツ語)上演)
●演奏
ラルフ・ワイケルト指揮東京交響楽団;演出:鵜山 仁
執事長:田辺とおる,音楽教師:初鹿野剛,作曲家:小林由佳,テノール歌手(バッカス):青蜻f晴,士官:田正人,舞踏教師:小原啓楼,かつら師:三戸大久,召使:石川直人,ツェルビネッタ:安井陽子,プリマドンナ(アリアドネ):横山恵子,ハルレキン:萩原潤,スカラムッチョ:森田有生,トゥルファルディン:斉木健詞,ブリゲッラ:児玉和弘,ナヤーデ:吉村美樹,ドゥリヤーデ:磯地美樹,エコー:谷原めぐみ
Review by 管理人hs  
入口前のポスター

公演のパンフレットを記念んい購入しました。背後にあるのは,東京二期会のPR誌です。

今年の6月は東京出張が2回ありました。私としては大変珍しいことですが,仕事が終わった後,2回とも東京文化会館で行われた公演に出かけてきました。前回は小ホールで行われた室内楽公演を聞いてきたのですが,今回は大ホールで行われたオペラ公演を聞いてきました。演目は,R.シュトラウス作曲の「ナクソス島のアリアドネ」で,東京二期会の公演でした。

「たまたま,この日にやっていたから」という理由もあったのですが,この作品については,以前から実演で一度見たいと思っていた作品でした。20年以上前のウィーン国立歌劇場の来日公演で,この作品が上演されたことがあったのですが,その際のライブ録音をFM放送で聞いた時,「これは凄いアリアだ。凄い歌手だ」と瞬間的に感じたことを覚えています。この凄いアリアというのは,ツェルビネッタという役のアリアで,歌っていたのはエディタ・グルベローヴァだったということを後から知りました。指揮者は,カール・ベームだったと思います(もしかしたら,FMで聞いたのは,ザルツブルク音楽際での公演で,指揮者はウォルフガング・サヴァリッシュだったかもしれません。いずれにしても1980年代前半のことで,歌っていたのはグルベローヴァでした)。

それ以来,このオペラは絶えず気になる存在でした。そのオペラを今回何と3000円で聞くことができました。もちろん5階のいちばん安い席でしたが,この日は「オリックス・ナイト」ということで,スポンサー企業のご厚意(?)により特別の価格設定になっていたようです。オリックスさん,ありがとうございます。

それにしても,この東京文化会館は良いホールです。ますます気に入りました。もともとオペラ上演にも対応できるホールなのですが,丁度良い具合にエージングが進んでいる感じで,ホール全体が「しっくり」という感じでまとまっています。5階席までの昇り下りは確かに大変ですが,ロビーはとても広いし,休憩時間にはベランダにも出て,外の空気に触れることができます。

今回の東京二期会による,「ナクソス島のアリアドネ」の公演は,6月26日から29日まで4日連続で行われました。出演者は,ダブル・キャストになっており,ツェルビネッタ役については,26日と28日の公演がテレビ・ラジオ出演でお馴染みの幸田浩子さんで,27日と29日の公演は安井陽子さんというオーディションで選ばれた方でした。「幸田さんを見たかった」という気持ちもあったのですが,今回の安井さんの見事な歌唱を聞いて,「これは大当たり!」と実感しました。その他の歌手も知名度の点ではそれほど高い方はいなかったのですが,その分,若々しさに溢れた舞台となっていました。

このオペラ全体についてですが,ツェルビネッタのアリアは,大変インパクトが強いのですが,それ以外の部分については,音楽だけを聞いていると捕え所がないようなところがあります。まず「ナクソス島の...」という題名自体,劇中劇のタイトルで,前半部分は,プロローグと称して,オペラの上演に至るまでのドタバタが描かれています。しかも,この劇中劇の内容自体「シリアスドラマと喜劇を並行して上演せよ」という注文によって,むりやり作らされた作品ということで,ストーリーが分かりにくい面があります。シュトラウスとの名コンビ,ホフマンスタールの台本による作品なのですが,一種「通ごのみ」といた趣きのある作品となっています。

前半のプロローグは,とても印象的な雰囲気で始まります。このオペラの特徴の一つが,室内オーケストラ+ピアノという編成で演奏されることです。シュトラウスのオペラと言えば,その交響詩のイメージもあり,壮大なものを思い浮かべてしまうのですが,それを見事に裏切ってくれるような小粋さがありました。この日の演奏は,前半特に抑え目の雰囲気がありました。

指揮は,ラルフ・ワイケルトさんでした。この方のお名前にも懐かしさを感じます。R.シュトラウスと親交のあったカール・ベームの弟子筋に当たる指揮者で,やはり1980年代前半頃,ザルツブルク音楽祭のライブ録音等でよくお名前を聞いた指揮者です。NHK交響楽団などを指揮されたこともあると思いますが,すっかり貫禄のあるベテラン指揮者という雰囲気になっていました。オペラの指揮の経験も豊富ということで,この曲を指揮するのに最適の指揮者と言えます。

幕が上がると(このワインレッドの幕というのもオペラらしくて良いですねぇ。見るだけで気分が盛り上がります。金沢歌劇座も基本的にはこのオーソドックスな幕を採用して欲しいと思います。),「ただいまオペラ準備中」という慌ただしく,動きのある舞台となります。このオペラに出てくる,大道具類がステージ上を左右に動き回った後,一旦,また幕が閉まります。その後,状況説明が始まります。

前半の主役は,自分のオペラがドタバタ化されるのを嘆く作曲家です。オペラには登場しない「ご主人さま」(ティンパニの音がライトモチーフのような形でその存在を暗示していました)の命令で,シリアスなオペラと喜劇とが同時進行することになってしまいます。この辺の設定は,どこか三谷幸喜さん脚本の作品に通じる雰囲気があります。今回は特に,オール日本人キャストで,皆さん西洋風のカツラを付けたり,ちょっとケバケバしい衣装を着たりしていましたので,映画「有頂天ホテル」を彷彿とさせるところがあります(未見ですが,現在上映中の最新作「ザ・マジック・ショー」も?)。この映画には,篠原涼子の演じる,コールガール役が出ていましたが,今回のツェルビネッタの雰囲気と良く似ていると思いました。

作曲家役は,プロローグの終盤の中心になります。女性歌手が歌う男性役ということで,宝塚風の雰囲気がありましたが,小林由佳さんの歌には,音楽の理想を追う,若い作曲家の意気込みが表われており,ドラマを大きく盛り上げてくれました。ただし,この盛り上がりを自ら茶化してしまうのが,このオペラらしいところです。ドタバタの雰囲気を残したまま,プロローグは幕となりました。

後半は,「オペラの中で演じられるオペラ」ということで,プロローグが演劇的だったのに対し,文字通りオペラ的なステージになります。このオペラは,小編成のオーケストラによる伴奏なのですが,歌われる曲は非常にスケールの大きな曲が多いのが特徴です。弦楽器を中心とした室内楽的な編成によるじっくりと聞かせる序曲に続き,ナクソス島に1人取り残されたアリアドネが登場するのですが,まず,この舞台が面白いものでした。かなり歌舞伎を意識したものになっていました。

プロローグの時から,オーケストラ・ピットの上に歌舞伎の花道のようなものがあったのですが,オペラの方では,松羽目物歌舞伎の舞台を思わせるようなコンパクトなステージが舞台中央に作られていました。勧進帳だと松が描かれているのですが,ここではその代わりに岩が描かれていました。さらに背景は青い布でおおわれているのですが,これも歌舞伎的な手法だと思います。

今回の演出の鵜山仁さんは,井上ひさしの戯曲の演出でお馴染みの方で,私も何本か見たことがありますが,要所要所でその「語法」が出てきていました。暗い背景に星が燐くような照明など「あるある」という感じで,嬉しくなりました。ミラーボールをぐるぐる回すのも井上さんの作品で見たことはありますが,オペラの中で使うのはかなり珍しいことかもしれません。

井上ひさしさんつながりで言うと,作り物っぽい船や魚が背景を横切ったり,螺旋状の棒を横にして回転させて波の動きを表現したり,なつかしの「ひょっこりひょうたん島」的な要素も入っていたと思います。というような訳で,夢とウィットに和風が少し混ざったようなファンタジー溢れる美しい舞台に仕上っていました。

まず,ここではアリアドネがじっくりとした歌を聞かせてくれます。この日のアリアドネ役は横山恵子さんでした。前半のプロローグを見た感じでは,我儘なプリマドンナ役としては,もう少しふてぶてしい感じの方が良いかとも思ったのですが,ここでは十分に貫禄のある歌を聞かせてくれました。このアリアドネの回りには,いつも水の精,木の精,エコーという3人の精霊(人間ではないので何と呼ぶのでしょうか)が取り囲んでいるのですが,これが「魔笛」に出てくるような3人の侍女のような感じで,オペラ的な気分を盛り上げていました。

このシリアスな場面に,ツェルビネッタが絡んできます。こちらの方は4人の道化役の男性がツェルビネッタを取り囲んでいるのですが,アリアドネ+3人の精霊と好対照を作っていました。

このツェルビネッタは,上述のとおり,安井陽子さんという若手歌手が演じ,生き生きとしたステージを見せてくれました。「偉大なる王女様」というアリアは,10分以上も続く凄いアリアで,特に後半はコケットリーな気分と妖精のように軽やかなコロラトゥーラとが全開になります。歌の途中で,照明の色合いが変わっていましたが,安井さんの歌も変幻自在で,その魅力を十全に発揮していました。オーケストラ・ピットにピアノが入る作品は比較的珍しいと思うのですが,この部分では,ピアノ伴奏も目立っており,独特のちょっと乾いた味を出していました(「アリアドネ」の姉妹作品である「町人貴族」と共通するムードですね)。花道風の舞台の上から中央のステージまで軽やかに動きまわる動作も若々しく,非常に新鮮なツェルビネッタを楽しませてくれました。

アリアが「ジャン」と鳴って終わった後,パッと暗転するのもとても効果的で,盛大な拍手が続きました。このオペラ中で拍手を入れられるのはこの箇所だけなのですが,そういう意味では,このツェルビネッタは難しい役柄であると同時に,非常に「おいしい役」と言えます。今回の東京二期会の公演のもう一人のツェルビネッタは幸田浩子さんということで,こちらも見てみたかった気がしますが,今回オーディションで採用された安井さんは見事にチャンスを生かしたのではないかと思います。終演後のカーテンコールでも,この日いちばんの拍手を受けていました。

後半は,アリアドネとそれを王子様のように迎えにくるバッカスとの重唱が聞き所となります。このバッカスの登場の仕方なのですが,舞台の奥の方から徐々に近付いてくる様子が巧く表現されていました。今回,5階席の前の方で聞いていた関係で,この辺の舞台裏が全部見えてしまったのですが,バッカス役の青蜻f晴さんは,何とクレーンの上に乗って歌っていました。1階席の正面からだとどのように見えていたか分かりませんが,紅白歌合戦に出てくる美川憲一のように(?)宙を浮いているように見えたのではないかと思います。

最終的に,舞台正面の岩の書かれたついたてが取り払われ,バッカスとアリアドネが抱きあうのですが,ここから幕切れまでの音楽はさすがシュトラウスというものでした。青蛯ウん,横山さんともに非常に強靭な声でヒロイックな歌を聞かせてくれました。オーケストラの編成は小さいのに,いつの間にかシュトラウスの作品独特のうねりながら盛り上がっていくような雰囲気になっていました。これが鵜山さんの演出による,ファンタジックな気分にもぴったりで,現実離れした夢のような世界を感じさせてくれました。幕切れ付近では「終わってほしくないなぁ」とノスタルジックな気分を感じさせてくれましたが,これもシュトラウスの作品の魅力だと思います。

オーケストラのパートでは,ホルンが演奏する,ベートーヴェンの「田園」交響曲の第5楽章の主題と似たモチーフが耳に残っていますが,これに象徴されるように牧歌的な気分もある演奏でした。鵜山さんの演出による「昔なつかしのレビュー」的な雰囲気にもよく合っていたと思います。

幕切れ付近では,プロローグに登場した作曲家,音楽教師などが舞台袖に再度登場し,後半の「オペラ」が劇中劇であることを強調していました。このことによって,オペラの構造が分かりやすくなっていたと思います。最後,舞台上に一見雲のようなセットが出てきて,舞台全体が大きな洞窟の中に入ってしまったような雰囲気になりました。これについては,ちょっと意図が分かりにくかった気がしました。

私自身,R.シュトラウスのオペラを見るのは今回が初めてだったのですが,特に後半のオペラ部分での異次元空間に入ってしまうような陶酔的な雰囲気は最高でした。今回,主要な役柄については若手の歌手が中心だったと思うのですが,その熱のこもった歌がステージをさらに充実させていたと思います。金沢では,なかなかシュトラウスのオペラを見る機会がないのは残念ですが,この「アリアドネ」については,小編成オーケストラで上演できますので,是非,オーケストラ・アンサンブル金沢にも取り上げて欲しいものです。

(参考)東京二期会のページ
http://www.nikikai.net/lineup/ariadne/index.html
http://www.nikikai21.net/blog/2008/06/post_111.html
(2008/06/28)


(番外)東京文化会館まで歩いてみました。
今回,東京大学方面から東京文化会館まで歩いてみました。その写真を紹介しましょう。
東京大学の赤門です。この門は旧加賀藩屋敷の門ということで,石川県にも縁のあるものです。

同じく東京大学の安田講堂です。 上野方面に向かう途中に湯島天満宮がありました。
不忍池です。これは一体何の植物でしょうか?ほとんど水面の見えない池です。

東京文化会館のお隣には,「正岡子規記念野球場」というのがありました。
東京文化会館の隣に,東京都交響楽団のバスが止まっていました。この日の演奏は,東京交響楽団だったのですが...。

東京文化会館の向かいの国立西洋美術館ではコロー展をやっていました。

この展覧会には入らず,建物の周りの彫刻だけ見てきました。これは,ロダンの「地獄門」です。

こちらは,同じくロダンの「カレーの市民」です。

東京文化会館の前にも彫像がありました。安井さんという方です。

(さらに番外)寝台特急に乗ってみました。
今回は,23:03発の寝台特急「北陸」で金沢に戻りました。寝台特急というものに乗るのは初めてだったので,写真で紹介しましょう。
列車の正面です。私同様に写真を撮っている人の姿が目立ちました。ただし,実際に乗っていたかどうかは不明です。
このとおり,浴衣やシーツを積み込んでいました。

私が乗ったのは,B個室でした。この写真のとおり,扉で仕切られた個室です。寝る分にはこれで十分です(ただし,かなり揺れるので熟睡はできませんでした)。

翌朝5:00頃のの写真です。窓のカーテンを開けると田んぼが広がっていました。富山県です。


東京文化会館写真集
&演奏者のサイン

東京文化会館の写真です。

開演前の様子です。オーケストラピットの上に花道のような橋が架かっていました。


私の座席(5階)から見下ろした写真です。ところどころ違った色の座席があるの面白いですね。


休憩時間中のロビーです。これは有料エリアですが,本当に広いロビーです。


休憩時間は20分でした。モニターで残り時間を表示していました。


この間を利用してベランダに出てみました。晴れていると絶好の気分転換になります。


机の上にあるのはパンフレットです。ワインなどがあると様になりますが,隣にあるのはペットボトルのお茶です。


東京文化会館の向かい側の国立西洋美術館のライトアップも見えました。右側がロダンの地獄門です。


ロビーは社交場という感じでにぎわっていました。


これは終演後です。ステージの周囲に小型のライトがあり,要所要所で点いていました。


公演後,JR上野駅から金沢に戻りました。東京文化会館の楽屋口のすぐ前が上野駅です。


列車の時間まで時間があったので,楽屋口で何人かの出演者にサインを頂きました。いずれもパンフレットのプロフィールのページです。


ツェルビネッタ役の安井陽子さんのサインです。


バッカス役の青蜻f晴さんのサインです。