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いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2021 レビュー・トップページ
例年のガル祭では,「これでもかこれでもか」とスケジュールを詰め込んでいたのですが,今年の場合,コンサートホールと邦楽ホールでほぼ並行して公演が行われていましたので(あえてその形にしていたのだと思います),ホール間のハシゴは難しく,少し離れた時間帯の公演を1日に何回か聴くという形になりました。 それでも,この日は,交流ホールの公演を間に挟めば,3公演連続で聞くことができました。3公演目と4公演目の間は2時間空いてしまったので,金沢市街地の金沢21世紀美術館に行ってみました。公演と公演の間をつなぐ無料公演がほとんどなかったのは仕方がなかったのですが,「3ホール制覇」は出来たので,「ガル祭らしさ」を味わえた本公演1日目でした。 H5032 宮田大&大萩康司デュオ・リサイタルート 2021年5月3日(月祝) 12:50〜 石川県立音楽堂邦楽ホール サティ/ジュ・トゥ・ヴ ミヨー/ブラジルへの郷愁〜コルコバード ニャタリ/チェロとギターのためのソナタ ピアソラ(角田隆太編曲)/ブエノスアイレスの夏 (アンコール)ピアソラ(つのだたかし編曲)/オブリビオン (アンコール)ルグラン/映画「ロシュフォールの恋人たち」〜キャラバンの到着 ●演奏 宮田大(チェロ),大萩康司(ギター) NHK-FMでは,ギターデュオのゴンチチによる「世界の快適音楽セレクションいう番組が長く放送されていますが,どこかこういったラジオの音楽番組を聴くようなインティメートで馴染みやすいトーンがありました。 最初に演奏された,サティの「ジュ・トゥ・ヴ」は,とろけるようなワルツ。絶妙の間を取った,宮田さんのチェロで聞くと,クライスラーの曲のように思えるぐらいでした。大萩さんのギターは,とても自然な形でPAを使っており,2つの楽器の音のバランスは丁度良いと思いました。 ミヨーの「コルコバド」は,新譜アルバムに「入っていない曲」とのことでした。短二度の和音が入るので「間違って聞こえるが,間違いではない」という事前説明がありました。そういった点も含め,どこかユーモラスな気分のある曲でした。ちないに,コルコバドというのは,リオデジャネイロの映像としてよく出てくる「手を広げた大きなキリストの像」のあたりとのことです。そういう話を聞くだけで,少しは行った気分になるものですね。 ニャタリの「チェロとギターのためのソナタ」はこの公演のメインと言っても良い曲でした。チェロとギターのための数少ないオリジナル曲とのことです。各楽章には,ボサノバ,ブルース,サンバのテイストがあり,とても気持ちよく楽しむことができました。 第1楽章から,宮田さんのチェロのしっかりと磨かれた深い音と大萩さんのギターの繊細な音楽とが,精妙に溶け合っていました。キャッチコピー風に言うと「いい男2人による,清潔な色気感じさせる音楽」といったところでしょうか。優しい歌と洗練された熱気とが感じられる素晴らしい演奏でした。 ピアソラの「ブエノスアイレスの夏」は,モノンクルというグループの角田隆太さん(つのだひろの甥,つのだたかしの息子)による編曲版でした。楽器を叩いて演奏したり,切れ味よくビシッと終了したり,ラテンの気分が心地良く混ざった演奏でした。 アンコールでは,ピアソラ作曲によるアンコールの定番,「オブリビオン」が演奏されました。大萩さんのトークにもあったとおり,ちょっと湿り気のある大人の雰囲気たっぷりの演奏。「このまま寂しく終了というのも何なので...」というトーク後,音楽祭のテーマであるフランスに戻り,ミシェル・ルグラン作曲による映画「ロシュフォールの恋人たち」の中の「キャラバンの到着」が奏されて終了しました。 2人の作り出すインティメートで洗練された気分と心地良い熱気。是非,また聴いてみたいコンビでした。 続いて,交流ホールに移動し,「徳田秋聲生誕150年記念」と題された公演を聞いてきました。前述のとおり,今年は無料公演が少なく,有料公演についてもハシゴがしにくいこともあり,石川県を中心に活躍しているアーティストたちを聞く機会はどうしても少なくなってしまいます。その代表としてこの公演を聞いてきました。 K5033 徳田秋聲生誕150年記念 2021年5月3日(月祝) 14:00〜 石川県立音楽堂交流ホール 小説「誘惑」(大正6年)から 1) ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調「月光」〜第1楽章 小説「蘇生」(大正15年)から 2) クライスラー/愛の喜び 3) サラサーテ/カルメン幻想曲〜モデラート(ハバネラ) 4) ビゼー/「アルルの女」第2組曲〜メヌエット 小説「赤い花」(昭和6年)から 5) ジロー/パリの空の下 6) ルイギ/バラ色の人生 7) トセリ/嘆きのセレナード 随筆「レコード音楽」(大正13年)から 8) ドビュッシー/亜麻色の髪の乙女 9) ベートーヴェン/トルコ行進曲 ●演奏 石川公美(ソプラノ*5-6),近藤洋平(テノール*7),坂口昌優(ヴァイオリン*2-3,7),ルドヴィート・カンタ(チェロ*7),藤井ひろみ(フルート*4,7),竹田理琴乃(ピアノ*1-3,5-9),上田智子(ハープ*4-7) 朗読:上野雅美,台本:藪田由梨(徳田秋聲記念館学芸員) 金沢出身の作家,徳田秋聲が今年生誕150年ということで,この公演では「秋聲の文章の中に出てくるクラシック音楽」にスポットを当て,その文章を朗読した後,実際に演奏するという形で室内楽曲,器楽曲,声楽曲が演奏されました。これまでにない試みでしたが,音楽好き(蓄音器で聞くより実演で聞く方が好きだったようです)だった秋聲だから実現する企画とも言えそうです。 北陸朝日放送の上野アナウンサーが朗読した後,金沢ではお馴染みのアーティストたちが続々と登場。特に竹田理琴乃さんのピアノのしっかりとコントロールされた硬質の音が美しいと思いました。 途中,フルートとハープのデュオになりましたが,久しぶりに間近でハープの音を聞くことができ,予想以上に優雅な気分に浸ることができました。 トセリの「嘆きのセレナード」が最大の編成で,近藤洋平さんのテノールに加え,ピアノ三重奏+フルートという編成。大正〜昭和前期の「カフェ」の気分はこんなイメージだったのかなと思わせるムードがありました。 当時の音楽の「好み」も伝わってくるような公演でした。 * 続いては,今年のガル祭のハイライト,秋山和慶さん指揮大阪フィルによる「ローマ三部作」公演の1回目公演へ。クリア&じっくりと大編成オーケストラを鳴らし切った風格のある演奏。「さすが秋山さん」と拝みたく(?)なるような公演でした。 C5033 ローマの松 2021年5月3日(月祝) 15:50〜 石川県立音楽堂コンサートホール 1) ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲ニ長調 2) レスピーギ/交響詩「ローマの松」 ●演奏 秋山和慶指揮大阪フィルハーモニー交響楽団(コンサートマスター:崔文洙) 児嶋顕一郎(ピアノ*1) 司会:池辺晋一郎 まず,「松」に先だって,児嶋健一郎さんのピアノを加えてのラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲が演奏されました。児嶋さんの磨かれた音がまず素晴らしく,秋山さんの安心のバックアップとともに,作品の作品のスケールの大きさが存分に伝わってくる,堂々たる正攻法の演奏でした。 この曲を実演で聴くのは初めてでしたが,生で聴かないと本当の面白さは伝わってこない曲なのではと思いました。第1楽章冒頭の不気味な低音が続く部分など,CDで聴いていても「よく分からない」のですが,生で聴くと文字通り生々しいエキセントリックな不気味が伝わってきました。それに続く,弦楽器の音も実に艶っぽい響きでした。 そして児嶋さんのピアノが気持ちよく登場しました。秋山さんと大阪フィルの作り出す,堂々としていながら引き締まった音たぴったりとマッチした,よく響く音でした。気のせいか,児嶋さんと秋山さん,清潔感のある真面目な雰囲気も似ているのではと思いました。途中の行進曲風の部分での自信に溢れた響きも聞きものでした。オーケストラもピアノも音がクリアかつ強靱で,圧倒的な盛り上がりを聴かせてくれました。最初から最後まで確信に満ちた会心の演奏だったと思います。 後半は「ローマの松」。吹奏楽やアマチュア・オーケストラでは何度か聴いたことのある作品ですが,今回は,別働の金管楽器に加え,石川県立音楽堂コンサートホールのパイプオルガンも加わっていました。オリジナルどおりオルガン入りで聴くのは初めてのことでした。 第1曲冒頭は,もの凄い「キラキラ感」。しかし無理のないテンポ設定でクリアに鳴らし切っていました。秋山さんの音楽には,大げさになり過ぎず,常にかっちりとまとまった感じがあるので,大音量の曲でも見世物的にならないのが特徴だと思います。 第2曲での沈み込む感じは,第1曲と対照的。ステージ裏から聞こえてくるトランペットの音や古代旋法のメロディがしみじみと聞こえました。低弦やオルガンをベースととしたオーケストラの全体としての音のバランスが良いなぁと思いました。それと同時に,こういった静かな楽章での密度の高い音楽も聴きごたえがあるなぁと思いました。 第3曲ではピアノの音が涼しげに聞こえてきた後,クラリネットがソロを聞かせる静かで幻想的な夜の気分。映像を喚起するような音楽ということで映画音楽的なのですが,最上級の映画音楽だと思いました。 第4曲は,ピアノの音も加わった不穏な気分を持った行進曲で始まる...ということで1曲目に演奏されたラヴェルの協奏曲とマッチしているなぁと思いました。その後,音がクレッシェンドしていき,金管の別働部隊が参加(トランペット4,トロンボーン2だったと思います)。音の立体感とスケール感が一気に増していくのにゾクゾクしました。最後の部分は,「まだ大きくなる,まだ大きくなる...」という感じで巨大な建造物がじわじわと立ち上がってくるようでした。最後の最後,大太鼓とシンバルがとどめの一撃を加えるという感じで締めてくれました。 * 今年のガル祭では「公演の間をどうするか?」もポイントでした。この日は2時間近く時間が余ったので,この日は金沢21世紀美術館まで往復。30分ほど新しい展覧会などを見て戻って来ました(自転車ならば10分程度で行けます)。 この日は雲の動きが速かったので,タレルの部屋で次のような感じでタイムラプス撮影してみました。 * 本公演1日目,最終公演はオペラ・アリア紅白歌合戦。こちらも,今回の目玉とした楽しみにしていた公演でしたが,その期待を遥かに上回る楽しさでした。紅白というよりは同チーム内でも歌手が競い合っているようで,トリの笛田さん,腰越さんに向かって,次から次へと熱い歌が続きました。 C5034 オペラ・アリア紅白歌合戦! 2021年5月3日(月祝) 18:40〜 石川県立音楽堂コンサートホール 1) ヴェルディ/歌劇「リゴレット」〜女心の歌 2) ロッシーニ/歌劇「セビリアの理髪師」〜今の歌声は 3) ヴィヴァルディ/歌劇「ティート・マンリオ」〜戦をしたがる心が 4) プッチーニ/歌劇「トゥーランドット」〜「お聞きください王子様」「氷のような姫君も」 5) ドニゼッティ/歌劇「愛の妙薬」〜人知れぬ涙 6) プッチーニ/歌劇「ジャンニ・スキッキ」〜私のお父さん 7) モーツァルト/歌劇「ドン・ジョヴァンニ」〜お手をどうぞ 8) ヴェルディ/歌劇「椿姫」〜プロヴァンスの海と陸 9) サン=サーンス/歌劇「サムソンとデリラ」〜愛よ,か弱い私に力を貸して 10) プッチーニ/歌劇「トゥーランドット」〜誰も寝てはならぬ 11) プッチーニ/歌劇「トスカ」〜歌に生き,恋に生き 12) (アンコール)ヴェルディ/歌劇「椿姫」〜乾杯の歌 ●演奏 田中祐子*2,4,9,11,12;辻博之*1,3,5,7,8,10,12;柴田昌宜指揮*6,12兵庫芸術文化センター管弦楽団 司会:加羽沢美濃,石川公美,森雅史 紅組:腰越満美*11,竹多倫子*4,鶫真衣*6,石川公美*7(ソプラノ),小泉詠子*2,鳥木弥生*9(メゾ・ソプラノ) 白組:笛田博昭*10,近藤洋平*1,糸賀修平*5(テノール),原田勇雅*8(バリトン),三戸大久*7(バス・バリトン),森雅史*3(バス) この公演では,大勢の歌手に加え,審査員も大変豪華でした。池辺晋一郎さん,広上淳一さん,フランソワーズ・モレシャンさん...こういう人たちが集められるのも「音楽祭」ならではだと思います。そして,紅組司会 石川公美さん,白組司会 森雅史さんに加え,総合司会として加羽沢美濃さんも登場。さらには指揮者も,田中祐子さんと辻博之さんの2名で,紅白に分かれている凝りよう。毎年1月3日の夜に行われている「NHKニューイヤー・オペラコンサート」を紅白歌合戦形式で行ったような楽しさがありました。 演奏されたのは,すべてイタリア,フランスのオペラ。しかも有名アリアが続々登場。「南欧の風」というテーマならではの好企画でした。 まず白組トップはテノールの近藤洋平さん。軽く滑らかな声で「女心の歌」。近藤さんには,どこかアイドル歌手を思わせる雰囲気もあるので,本家紅白歌合戦のトップバッターにも通じる気分があると思いました。紅組トップは石川県出身のメゾソプラノ,小泉詠子さんによる「今の歌声は」。コロラトゥーラが気持ちよく転がる,表情豊かな歌唱。ロジーナの雰囲気にぴったりでした。 その後,男女が交互に登場。森雅史さんによる,ほの暗いけれども包容力を感じさせるヴィヴァルディの曲に続いて,金沢出身のソプラノ,竹多倫子さんによる「トゥーランドット」の中のアリア2曲。この歌も素晴らしかったですね。豊かな声量で,しっかりと情感が伝わってくる迫力たっぷりの歌でした。将来,竹多さんによる「トゥーランドット」公演が実現することを期待しています。 テノールの糸賀修平さんによる「人知れぬ涙」。透明感のあるよく通る声で,切なさがグイグイ,迫って来ました。これもまたぴったりの声でした。 続いて登場したのは,金沢市出身のソプラノ,鶫真衣さん。鶫さんは「陸上自衛隊の歌姫」という肩書きで知られていますが,鶫さんの時のだけは,オーケストラの指揮も陸上自衛隊中部方面音楽隊の柴田昌宜隊長に(何か陸上自衛隊の規則があるのでしょうか)。そして歌った曲が「私のおとうさん」...ということで,箱入り娘とそのお父さんがセットで登場したような感じ。鶫さんの清らかで品行方正な歌も気持ち良かったですね。 折り返し地点では,金沢出身のソプラノ,石川公美さんとバス・バリトンの三戸大久さんの重唱で「ドン・ジョヴァンニ」の「お手をどうぞ」。この曲だけはモーツァルトの作曲だったので,イタリア,フランスの作曲家ではなかったのですが,舞台はスペイン。三戸さんの豊かで良く響く声は魅力たっぷり。紅組司会兼任でもあった石川さんは,しっかりとした歌で誘惑に打ち勝った,というところでしょうか。 続いて,原田勇雅さんで「椿姫」の「プロヴァンスの海と陸」。イタリアオペラに相応しい輝きのあるバリトンで,オペラの一部に入り込んだような感じで情感がしっかりと伝わって来ました。 そして,石川県出身の鳥木弥生さんが満を持してという感じで登場。登場しただけで,華やかな空気に変わりました。こちらもまた,オペラの一部を切り取って,そのまま観ているような濃いドラマを感じさせてくれる歌でした。 時間を忘れて聞いていましたが,あっという間にトリの2人。白組トリは,オープニングコンサートにも登場したテノールの笛木博昭さん。いかにも「強そう」という雰囲気をまとって,ゆったりとドラマティックに「誰も寝てはならぬ」。何というか,エンジンの排気量が普通車とは違うような歌を聞かせてくれました。その声には,強さだけでなく,柔らかさもあり,聞いているだけで幸せな気分になりました。笛木さんのテノールで,ドラマティックなオペラ(「オテロ」「トロヴァトーレ」「トゥーランドット」...色々ありますね)を聞いてみたいものです。 そして大トリはソプラノの腰越満美さん。笛木さんの後だとプレッシャーが大きいだろう,と思ったのですが,「トスカ」そのもののようなその突き刺さるような声が素晴らしかったですね。遜色のない迫力を感じました。 その後,会場のお客さんを含めての審査になりました。まずは「紅白どちらが良かったですか」という問いに対するお客さんの拍手の大きさを指揮者の広上さんが判断。これはやや紅組優勢。その後,10人ほどいた会場審査員が紅白のウチワを上げて各人の審査結果を表明。これが同数。紅白両方上げていたフランソワーズ・モレシャンさんに「どちらかに決めてください」と促した結果...紅組の勝利に。 というわけで絵に描いたような大接戦になりました。単純にどちらが良いと比較できない世界であることを再認識できたと同時に,たまにはこういうのも面白いなぁと思いました。 最後は,NHKニューイヤーオペラコンサートのエンディングと同じような雰囲気で「乾杯の歌」。出演者が少しずつ歌えるので,「締め」にぴったりの曲です。何となく「来年また会いましょう」という雰囲気になりましたが,やはりこういう企画ができるのも,イタリア,フランスがテーマだったからだと思います。また,実際に勝敗を決めるとなると,プロの歌手にとっても予想以上にプレッシャーが大きかったのではないかと思います。というわけで,4年に一度ぐらいの企画かもしれませんね。贅沢で楽しい時間に浸れたことに感謝したいと思います。 * ホール内の雰囲気がとても熱かったので,例年ならば,ホールの前でしばらくウダウダしていたと思うのですが。今年は,会場アナウンスどおり,すぐに帰宅。 (2021/05/16) |