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いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2022 レビュー・トップページ
いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭2022 【本公演3日目 5月5日】

Review by 管理人hs  

本公演2日目までは1日3公演に抑えていたのですが,東響と京響が交互に2回ずつ登場する最終日は制限を取り払い,邦楽ホール,アートホール公演を含め,午後から6公演をハシゴすることにしました。内訳は京響2,OEK2,東響1,小山実稚恵さん1。コンサートホール公演は4公演で4曲という大曲尽くし。充実の最終日でした。そしてこの日も快晴&大盛況。
それにしてもこの日の石川県立音楽堂内には,どれだけ多くの音楽関係者が居たのでしょうか。上記の3オーケストラのメンバーが出入りし,さらにはバリー・ダグラス,小山実稚恵,清水和音というほぼ同世代のピアニスト3人とヴァイオリンの川久保賜紀さん。この日ばかりは,「楽都金沢」に相応しい一日だったのではないかと思います。

 



【H32】
2022年5月5日(木祝)12:40- 石川県立音楽堂邦楽ホール

1) ショパン/ピアノ協奏曲第1番ホ短調, op.11
2) ショパン/24の前奏曲〜第20番

●演奏
ユベール・スダーン指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)*1
竹田理琴乃(ピアノ)

まずは邦楽ホールで行われた,竹田理琴乃さんのピアノとユベール・スダーンさん指揮OEKによるショパンの協奏曲1番を聴いてきました。Web中継などで大きな注目を集めた昨年のショパン国際ピアノコンクールに出場した金沢出身の竹田さんの演奏ということで,特に注目度の高い公演でした。

 
邦楽ホールですが,よく見ると...提灯が無くなっていました。どういうわけでしょうか?

竹田さんのピアノは,第1楽章の「入り」の部分からとても力強く,キリッと引き締まった硬質な感じがありました。キラキラときらめく高音,ため息をつくようにしっとりと歌われる第2主題など,堂々とした演奏でした。

第2楽章は,抑えても内面から歌があふれ出るようなモノローグ。この部分では,ファゴットの伴奏にもいつも注目しているのですが,金田さんの演奏は暖かく見守っているようでした。

第3楽章は弾むようなアクセントが印象的。速いパッセージがノリよく進み,次々とメロディが沸き上がってくるようでした。コーダの部分も快速で,大変爽快でした。見事に完成されたショパンだと思いました。

アンコールでは24の前奏曲の中の第20番が演奏されました。迫力のある演奏でしたが,いきなりシリアスな響きがしてびっくりしたので,もう少し軽めの曲が良いかなと思いました。

【C32】
2022年5月5日(木祝)14:00- 石川県立音楽堂コンサートホール

ブラームス/ピアノ協奏曲第2番変ロ長調, op.83

●演奏
井上道義指揮京都市交響楽団
清水和音(ピアノ)

続いては清水和音さんのピアノ,井上道義さん指揮京響によるブラームスの協奏曲2番。清水さんのピアノを聴くのは久しぶりでしたが,底光りするような威力のある音はこの曲にぴったりでした。ゆるぎない安定感のある聴きごたえたっぷりの演奏でした。

 

第1楽章冒頭はホルンのソロで始まりますが,まずこの厚みのある音が素晴らしいと思いました。一気にブラームスの世界に引き込んでくれました。上述のとおり,清水さんのピアノには巨匠的な貫禄が備わっており,何があっても動じないような懐の深さを感じました。

第2楽章はスケルツォ的な楽章ですが,音階的な音の動きやトリルのどれもが皆強靱で重みが感じられました。その一方,中間部に出てくる弱音のオクターブで動く部分などには何とも言えない絶妙な感じがありました。

第3楽章はチェロの独奏がまず聞きものでした。他の曲でも同じようなことを書いていますが,明るく平和な世界への思いを感じさせる美しい演奏でした。これを受けて出てくる清水さんのピアノにも,遠くの世界を憧れるようなロマンティックな気分が溢れて居ました。

第4楽章はさらに気分が明転し,爽やかで開放的な気分になります。しかしこの部分で清水さんのピアノには落ち着きがあり,確固たる音で全曲を締めてくれました。

演奏後,井上さんと清水さんとしっかり抱き合っていましたが,オーケストラとピアノが一体となって充実した響きを楽しませてくれた演奏でした。


エリアイベントには,村山卓金沢市長もフルート奏者として出演

金沢市アートホールに移動し,小山実稚恵さんのピアノ独奏とOEKメンバーとの共演による室内楽を聴いてきました。今回はロマン派がテーマということで,室内楽,器楽,声楽の公演ももう少し聴いてみたい気持ちもあったのですが,オーケストラが4つも終結していたので,どうしてもそちらが中心になってしまいました。このプログラムは小山さんが登場することと,大好きな曲ばかりだったので選ぶことにしました。

 

【A33】
2022年5月5日(木祝)15:20- 金沢市アートホール

1) シューベルト/即興曲変イ長調,D.935, op.142-2
2) シューベルト/即興曲変ホ長調,D.899, op.90-2
3) シューベルト/即興曲変ト長調,D.899, op.90-3
4) シューマン/ピアノ五重奏曲変ホ長調, op.44

●演奏
小山実稚恵(ピアノ),アビゲイル・ヤング,江原千絵(ヴァイオリン*4),古宮山由里(ヴィオラ*4),ルドヴィート・カンタ(チェロ*4)

最初にシューベルトの即興曲集の中から3曲が演奏されました。小ホールでの演奏ということで,力んだところはなく,さらりと演奏していましたが,小山さんの音はたっぷりとホール内に広がり,シンプルな音だけで全てを語り尽くしているような充実感がありました。op.90-2での粒の揃った音の動きもとても綺麗で,いつまでも聴いていたくなるようなシューベルトでした。

シューマンの五重奏曲の演奏には,明るく開放的な気分がありました。第1楽章の冒頭は,この日の快晴の空を思わせる爽快さがありました。第1楽章の第2主題では,カンタさんのチェロによる味のある歌が良かったですね。その他の楽章も,ミステリアスなムードになったり,エネルギッシュなスケルツォになったり,変化に富んだ音楽を楽しませてくれました。小山さんとヤングさんのパワーを中心としたOEKメンバーとの相乗効果で聴きごたえ満点の室内楽を楽しむことができました。

石川県立音楽堂コンサートホールに戻り,前日の夜に続き,ユベール・スダーンさん指揮東響の公演へ。

【C33】
2022年5月5日(木祝)16:40- 石川県立音楽堂コンサートホール

ベルリオーズ/幻想交響曲, op.14

●演奏
ユベール・スダーン指揮東京交響楽団

今回,スダーンさんと東響が演奏した曲はベルリオーズの幻想交響曲でした。全曲を通じて,緻密な音作りに熱さとスケール感が加わった,唖然とするような素晴らしい演奏を聴かせてくれました。楽器編成は,ティンパニ2,テューバ2,ハープ2に加え,ファゴット4というのが目を引きます。それ以外,ステージ裏でオーボエとチューブラベルを使っていました。



第1楽章,オーボエとフルートが一体になったような音でくっきりと開始。全曲を通じて,木管楽器がとてもよく聞こえてきました。ホルンも惚れ惚れするような音を聴かせてくれました。第1楽章は,しっとりとした感じで始まった後,楽章後半で爆発するように音が広がっていく感じが好きですが,この日の演奏も大変華やかでした。特にピッコロが加わった時に音の饗宴といった感じになるのが見事でした。

第2楽章は柔らかで端正な感じのワルツ。全曲を通じて唯一,平穏で上品な優雅さがありました。第3楽章はCDなどで聴くよりは,生で聴く方がずっと楽しめる楽章です。まず,ステージ上のイングリッシュ・ホルンと舞台裏のオーボエの「コール・アンド・レスポンス」が美しかったですね。楽章を通じて様々な楽器の精緻なブレンドを楽しむことができました。特に弦楽器の表現力が素晴らしいと思いました。そして,楽章後半,ティンパニ2台を4人で叩く部分の意味深な雰囲気。この曲ならではの面白さですね。

第4楽章は乾いた感じのティンパニの音に乗って,ホルンの不気味な音。フランス革命頃の空気感はこんな感じだったのかな,と想像しながら聴いてしまいました。その後は金管楽器が気持ちよくビシッと行進曲のメロディを演奏。ファゴット4台の威力を含め,ここでも各楽器の音が鮮やかに聞こえてきました。楽章最後では,断頭台のギロチンの重さが伝わってくるようでした。

第5楽章も大音量だけれども,各楽器の音がクリアに聞こえてきて,爽快でした。フルートのグリッサンド,小クラリネットのエキセントリックな響きなどベルリオーズの技も続々登場。舞台裏のベルの後,怒りの日のフレーズが出てきて...スダーンさんはベルリオーズの意図をストレートに再現しているようでした。楽章最後は,大太鼓が炸裂する中クリアな熱狂の中全曲を締めてくれました。

今回,スダーンさん指揮東響の公演を2回聴きましたが,改めてこのコンビの素晴らしさを認識することができました。



続いて邦楽ホールで,左手のピアニスト,瀬川泰代さんと,ヴァイオリンの川久保賜紀さんが登場するコンサートへ。今回の音楽祭では,比較的ヴァイオリン協奏曲のプログラムは少なく,私が聴いたのはこの公演だけでした。

【H34】
2022年5月5日(木祝)18:00- 石川県立音楽堂邦楽ホール

1) 池辺晋一郎/ピアノ協奏曲第3番「西風に寄せて」
2) ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調, op.26

●演奏
垣内悠希望指揮オーケストラ・アンサンブル金沢(コンサートマスター:アビゲイル・ヤング)
瀬川泰代(ピアノ*1),川久保賜紀(ヴァイオリン*2)

ガル祭では,舘野泉さんをはじめとした左手のピアニストたちが登場するのは恒例になっていますが,今年は池辺晋一郎さん作曲による左手のピアニストのための協奏曲第3番「西風に寄せて」が演奏されました。演奏前,池辺さんによる曲目についての説明があり,次のようなことを語られました。

  • 2013年に舘野泉さんのために書いた作品。舘野さん以外の人が弾くのは恐らく今回が初めて
  • 「西風」というのは,舘野さんを指している(以前,舘野さんが「風を聴くことが趣味」と答えているのを聴いたのが印象に残っていたことと,地図上での「西」は左側になることを組み合わせたもの)
  • 実は自分では弾けない曲
  • 3つの楽章から成る短めの協奏曲である。
親しみやすい...とまでは行きませんが,池辺さんが語っていたとおり,それほど規模は大きくなく,コンチェルティーノといった感じの軽妙さのある作品でした。楽器編成はそれほど大きくなく,管楽器などがソリスティックに活躍する部分もあったので,OEKのキャラクターによくあった作品だと思いました。どこか涼し気で,あか抜けた感じがあるのは,「風を聴くこと」が趣味という舘野さんの雰囲気に通じる面があるのかなと勝手に解釈しながら聴いていました。瀬川さんの演奏では,特に第3楽章のノリの良い雰囲気が良いなぁと思いました。

公演の後半は,川久保賜紀さんのヴァイオリンでブルッフの協奏曲が演奏されましたが...垣内悠希さん指揮OEKの演奏が,かなり熱く盛り上がっていたのに対し,独奏ヴァイオリンの方は,結構クールで少々,テンションが低かった気がしました。次の音楽祭最終公演での井上道義さん指揮による素晴らしいブラームスの影響もあり,印象が吹き飛んでしまいました。

さていよいよ最終公演です。30分ぐらい時間があったので,持参してきた食料で軽く腹ごしらえして,コンサートホールへ。

【C34】
2022年5月5日(木祝)19:20- 石川県立音楽堂コンサートホール

ブラームス/交響曲第1番ハ短調, op.68

●演奏
井上道義指揮京都市交響楽団

今年のガル祭の最終公演は井上道義さん指揮京響によるブラームスの交響曲1番でした。井上さんがこの曲を指揮するのをこれまで聴いたことがなかったのですが,井上さんの公式ブログの記事によると,「好みではない」というのが理由のようです。ただし,この日の演奏は,曲の最初から最後まで,井上さんの思いが染み渡った素晴らしい演奏でした。

 

第1楽章の冒頭には,じっくりとした威厳のある気分がありました。ただし堅苦しい感じはなく,どこかオルガンの音を思わせるようでした。この日,ステージ最後列にコントラバスをズラッと並べていましたが,その効果が出ていた気がしました。

主部に入っても慌てることなく地に足のついた表現。豊かな時間が流れていく中,どこかヒロイックな気分が盛り上がってくる感じでした。この曲ではコントラファゴットも使っているのですが,その効果も随所に現れていました。

第2楽章はじっくりとしたテンポ。しっかり大きく呼吸をするような雰囲気のある演奏でした。ヴァイオリンのソロも非常に美しく,色々な情感が交錯するようでした。楽章最後でのすべてを包み込むようなホルンの響きも印象的でした。

第3楽章も暖かく,懐かしい気分に溢れていました。井上さんは2024年で指揮活動を終了すると発表していますが,そういった深い思いが曲の至るところに湧き出ている気がしました。

第4楽章もまたスケールの大きな演奏でした。序奏部の前半は,ミステリアスな弦のピチカートが非常に遅いテンポで演奏され,何かを問いかけるような雰囲気がありました。それに続いて出てくるホルンの音は雄大そのもの。終演後井上さんは首席ホルンの方を最初に立たせていましたが,まさにブラーヴォという演奏でした。その後,主部に入っていきますが,ここでも慌てることなく生きた音楽が続きました。

コーダの部分も大変力強い演奏。たっぷりと鳴らされたコラールとそれに続く壮大なエンディングは,私にとっても忘れられない演奏となりました。全曲を通じてテンポも遅めで,井上道義さんが,自身の指揮生活を懐古するような趣き,大きなものに包み込まれるような暖かみがあると感じました。

終演後の拍手も盛大で,オーケストラのメンバーが引っ込んだ後も井上さんだけ(コンサートマスターの方も連れ出されていましたが)が呼び出されていました。井上さんは,ステージに下がった音楽祭のキャラクターの「ガルちゃん」のポーズ(↓下の右の写真のポーズ)を真似たり,上機嫌。やっぱり井上さんは音楽祭向きのキャラクターだなぁと再認識しました。

 

ガル祭全体としてみるとコロナ禍前の2019年の状態にはまだ完全には戻っていませんが,色々な制限がある中,ほぼ2019年に近い形で終えることができたのは素晴らしいことだったと思います。コロナ禍の中,人が集まって,生で音楽を聴くことは,「不要不急」と呼ばれることも多かったですが,今回のガル祭で「やっぱり生で楽しみたい」というお客さんの気持ちを再確認できた気がしました。

今年は当初ブレーメンのオーケストラが来日する予定でしたが,コロナ禍の影響で実現せず,その代わりに登場することになったのが,京都市交響楽団とセントラル愛知交響楽団でした。その結果,国内オーケストラ4つが終結する,オーケストラの祭典のような雰囲気になりました。コロナ禍の影響がさらに続くようならば,今後もテーマにこだわるよりも,年に1度,全国のオーケストラが終結する祭典としても面白いのではという感想を持ちました。


関係者の皆様,本当にありがとうございました。

(2022/05/13)