クラシック音楽のコンサートの楽しみ方:芸術文化サポータのすすめ 本文へジャンプ
第1章 音楽を生で聴く楽しみ

音楽の良さをコンサートで味わおう                                                   
「音楽を生で聴く楽しみ」というのは当たり前のことのようですが非常に重要なことです。CD,MD,DVD,FM放送,衛星放送ついにはパソコンのファイルと化してしまったMP3などいろいろな音楽メディアの溢れる現代では,音楽を聴くこと自体,「ありがたいこと」では全くありません。iPodなどのMP3プレーヤーを使えば1日中好きな場所で好きな音楽を聴くことができるし,1000円あればデジタル録音のCDが買えます。高音質の音楽が携帯電話に配信されるような時代になってしまいました。

そういう時代になぜお金を払ってコンサートに行くのか?それは,生身の人間が楽器を一生懸命弾いたり,歌ったりするのをライブで味わえるから,ということに尽きます。クラシックを含めすべての音楽がBGMになっている日常生活の中でいちばん真剣に音楽を味わえる場所がコンサート会場なのです。

そこでは,ちょっとした演奏の乱れさえ,人間が弾いている証拠となって感じられます。開演前のチューニングの音,演奏前の緊張感と演奏後の開放感,耳をすまさないと聴こえないようなピアニシモから鋭いフォルテシモまで,クラシックのコンサートで味わえるいろいろな感情と色合いは他では味わえないものです。

それとは別にもっと現実的な時間と空間の問題があります。皆さん(特に働いている方,小さいお子さんのいる方)は自宅でクラシック音楽をじっくり聴く時間などあるでしょうか?大音量で部屋の空気を振るわせることはできるでしょうか?いろいろな雑事があって,集中して音楽を聴く時間など作れないし,ご近所のことを考えて窮屈なヘッドフォンで聴いているのが実情だと思います。コンサートに出かけるのはおっくうだという人もいると思いますが,周りに他人がいるという緊張感がないと,2時間もじっと音楽を聴くことなどできません。私自身,この緊張感をもらうために,クラシック音楽のコンサートに出かけているようなものです。

いずれにしても忙しい日常の中で演奏会場以上に集中して音楽を聴ける空間というのはめったにありません。もちろんボーッと聞いていても良いのですが,音楽を聴いている間は音楽と自分が1対1で向き合っている状態になることが大切です。忙しい現代では自分だけの時間に浸ることがいちばん贅沢で難しいことです。作曲家が真剣に作った音楽は,そういう状況で聴いてこそ初めて良さを味わえます。もちろん,ポップスのコンサートのようにアーティストのトークを楽しみ,体全体で感じるようなノリを味わうことも可能ですが,基本的にクラシック音楽の場合は,音そのものに耳を傾けることがいちばん重要なことです。日常を脱却して快い緊張感と安らぎを味わえる空間―これがクラシック音楽の演奏会場なのです。

コンサートの流れを理解しよう                                                   
何はともあれ,コンサート会場に足を運んでみましょう。コンサートに行ったことのない人にとって気にかかるのがクラシック音楽のコンサートの「暗黙のルール」です。ここでは,やや独断に満ちていますが,「理想のコンサートの流れ」を説明しましょう。堅苦しく考える必要はありませんが,クラシック音楽のコンサートはある程度マナーが守られていないと気持ち良く聴けない,ということをまず理解しておく必要があります。

コラム1 石川県立音楽堂
2001年9月(アメリカで同時多発テロの起こったまさにその日に開館記念式が行われた)にJR金沢駅前に開館した音楽専用ホール。

音楽堂には,@クラシック音楽用のコンサート・ホール,A歌舞伎・邦楽用の邦楽ホール,B多目的に使うことのできる交流ホールの3つのホールがある。このうちOEKの定期公演が行われるのが@のコンサートホールである。このホールはシューボックス型で1500人余りを収容できる。このホールは,まさにOEKの本拠地で,リハーサルから本番までのすべてを行っている。こういう恵まれた環境にあるオーケストラは国内では稀である。
【ホール入口】
コンサートには余裕を持って出かける方が良いでしょう。特にOEKの定期公演では,プレトーク(その日のプログラムや演奏者について演奏会直前に説明をすること)やプレ・コンサート(OEK団員による「お出迎え」の室内楽演奏)を行っていますので,それに間に合うように出かけられればベストです。また,指定席でない場合は,ある程度早目に行く必要があるでしょう。

開場前に行くと入口の戸が締っていて待たされることになります。金沢市観光会館で定期公演が行われていた時は会場の外で待っていたので冬はかなり寒かったのですが,石川県立音楽堂は建物自体が大きいので建物の中でゆったりと待つことができます。入り口前にはカフェコンチェルトという喫茶コーナーもあります。

入口でチケットを係の人(レセプショニストと呼ばれます)に出すとちぎってくれます。代わりにプログラムと公演チラシなどをもらって入場します。石川県立音楽堂には,クロークもあります。これまでの金沢市内のホールでは,特に,冬場にコートなどがかさばって大変でしたが,音楽堂ではコートや荷物を預けられますので,精神的にも物理的にもゆったりと音楽に浸ることができます。

【座席】
石川県立音楽堂に通うようになって以来,私自身,段々と好みの席が出来てきましたが,いろいろな場所に座ってみて音の届き方などを比較するのも面白いと思います。

私はステージ全体が見渡せるので,2階席以上が好みです。定期公演の時は2階席,それ以外の公演の時は価格の安い3階席に座ることが多いのですが,3階席でも特に不満はありません。フル編成のオーケストラを聴く場合などは全体を見渡すのも気持ちが良いものです。ただし,正面の席は良いのですが,2,3階のバルコニー席の中には,身を乗り出さないとステージがよく見えない席もありますので注意が必要です(その分,桟敷席のような感じで妙に落ち着く席でもあります)。その他,庇の下の奥の方の座席には音が届きにくいということは一般的によく言われています。

パイプオルガンのコンサートの場合は,パイプオルガンのすぐ下のステージで演奏しますので,この場合,2階席の方が特等席になります。1階席の前の方だとかなり見上げる感じになります。

定期会員は,年間座席指定になっており,年に1度,「席替え抽選会」を行っています。どこで聴いてもほぼ同じ,というのが理想ですが,そういう理想のホールはなかなかないようです。

県内の他のホールについては,音楽堂に比べるといろいろな面で満足度が低くなります。今後,OEKが石川厚生年金会館,金沢市文化ホールなどで演奏する機会はほとんどなくなるでしょう。2001年まで定期公演を行ってきた金沢市観光会館は,2005年春にオーケストラ・ピットを拡張しましたので,オペラやバレエの公演を中心として今後も使われると思います。少々座席間が狭いのが難点ですが,音響も悪くはないので,個人的には好きなホールです。金沢在住の長年の音楽ファンにとっては,この「観光会館」という独特な名前にはノスタルジックな響きを感じているのではないでしょうか。

【プログラム】
会場に入ると,プログラムやチラシを読んだりして過ごします。先の日程などがわかるのでじっくり読みましょう。チラシは,毎回定期公演に行っていると同じものがたまって来るので,読んだことのあるものはすぐに捨てています。環境問題の点からもリサイクルの仕組みを作って欲しいと思います。近年,ますますチラシの量が増えてきたので結構真剣に危惧しています。このチラシは,演奏中のノイズの原因になるので,読み終わったらカバンの中にしまっておく方が良いでしょう。膝の上に置いておいたものを盛大にひっくり返したりしたら,ひんしゅくを買います。

プログラムの曲目解説は,以前はどこかの解説書を転記したような感じのものが多かったのですが,新しい定期公演シリーズになって,オリジナルな解説になってきたのは良いことです。無料で配布されるもの(チケット代に含まれているという考えもありますが)ですので,曲目と演奏者さえわかれば文句はないのですが,専門用語を駆使したような解説は,初心者には読む気が起こりませんので,できるだけ気軽に「読める」内容にして欲しいものです。その点,最近よく執筆されている響敏也さんの文章は(少々OEKを誉めちぎりすぎているところはありますが),その日の聴き所や演奏者のプロフィールが簡潔にまとめられている上に大変分かりやすい語り口で書かれていますので好感が持てます。

また,石川県立音楽堂では「カデンツア」という季刊のパンフレットを配布しています。今後の演奏会情報がコンパクトにまとめられていますので,金沢の音楽ファンには必読の音楽情報誌です。

【売店】
プログラムを眺め終わると,売店のCDを見に行きます。サイン会がありそうな時は,混雑する前に買っておくと良いでしょう。その日の指揮者,ソリストのCDを売っていることが多いのですが,通常のCDショップで見かけないような貴重な輸入盤CDを売っていることもあるので要注意です。その他,OEKのCDについては,定価よりも安価で販売していることもあります。OEK以外のCDについては地元のCDショップの山蓄が販売していることが多いようです。こちらで買うと店舗で買ったときにはもらえる「サービスカード」はもらえないので,セコイ人は予め店舗で買っておく方が良いでしょう。CD以外でも「名エッセイスト」でもある岩城宏之さんの本などOEK関連の本を売っていることもあります。その他,タオル,Tシャツ,あぶら取り紙などの音楽堂オリジナル・グッズの販売も行っています。

次回以降の演奏会のチケットの前売も行っています。チケットを入手しにくい場所に住んでいる人は,この時に買っておくと良いでしょう。その他,音楽堂1階のチケット・ボックスに行けば,音楽堂で行われる演奏会以外にも金沢市付近で行われるクラシック音楽関係のチケットがほとんど全部揃っているので便利です。チケットを購入するときは,定期会員の場合は,会員証を提示した方が良いでしょう。会員割引のある演奏会も沢山あります。また,購入時に会員番号をお知らせしておくことで演奏会に行けなくなった場合に,その座席を有効に使ってもらうこともできます。

このチケット・ボックスでは常時OEKのCDや音楽堂関連グッズを販売しています。JR金沢駅から徒歩1分ですので,少し変わった金沢土産を探している方などには最適かもしれません。

【プレトーク】
ほとんどの定期公演の場合,開演15分ほど前にプレトークが行われます。その日のプログラムや演奏者について,評論家や演奏者自身が説明をするというものです。こういう企画を行っているオーケストラは全国的にも増えつつあります。少し得した気分になります。

ただし,内容的には当たり外れがあります。この企画の第1回目のプレトークは1998年2月の定期公演の時にOEK合唱団の指揮者の大谷研二氏によって行われました。その面白さは演奏会の内容以上に(?)印象に残っているほどです。その後,それを越えるプレトークがないのが残念です。また,コンサートの主役である指揮者・ソリストが開演直前にステージにあえて登場する必要はないのかもしれません。前菜の前にメインディッシュが出てくるようなところがあります。個人的には,プログラムの解説と連動したような内容を演奏者以外の人が分かりやすく簡潔に説明する形が良いのではないかと思います。

【ベル】
そうこうしているうちに,会場にベルがなります(ベルというのかチャイムというのか分かりませんが,ブザーではありません)。これは開演5分前を意味しています。石川県立音楽堂では西村朗作曲によるオリジナルのベルが使われています。無機的な響きのものですが,あまりにメロディアスなものだと演奏会のプログラムの雰囲気に影響を与えてしまいますので,私は気に入っています。その後,「ロビーにいる人は席に着いて下さい」というお決まりのアナウンスが入ります。最近では,「携帯電話をお持ちの方は着信音が鳴らないように」というアナウンスも必ず入ります。携帯電話の着信音は,曲によっては演奏会のすべてをぶち壊すことにもなりますので,本当に注意が必要です。とはいえ,携帯電話の普及率はどんどん高まっていますので(私は未だに持っていませんが),悪気はないのに演奏会中に鳴ってしまうアクシデントを,お客さん自身の注意だけで完全に防ぐことは不可能なのかもしれません。「曲の静かな箇所になると携帯の音がする」というのはマーフィの法則そのものです。ホール内に電波が届かないようにする仕組みがあると良いと思うのですが,緊急に使いたい人が使えなくなる恐れもあるので,難しいところです。

【奏者の入場・挨拶】
座席にお客さんが入り終わると,オーケストラの団員がステージに入ってきます。どなたが先頭で入ってくるかは決まっていません(2001年のサイモン・ラトル指揮ウィーン・フィルの公演の時は,コンサート・マスターのライナー・キュッヒルさんが最初に入ってきました。サイトウ・キネン・オーケストラでは,指揮者の小澤さんも一緒に入ってきますね。)。この時,拍手をするかどうかは結構迷います。その日の雰囲気次第です。団員が全部入場し終わるまでには意外に時間がかかるので,その間拍手をし続けているのは面倒ですが,OEKは40人ほどですので,各奏者が入ってきたら拍手を最後まで続ける,というのを「金沢の習慣」にしていったらどうかと思います。

団員がすべて入った後,一呼吸おいて,コンサート・マスター(第1ヴァイオリンのいちばん指揮者に近い座席に座る人)が入ってきます。コンサート・マスターはオーケストラの代表者ですから,この時には盛大に歓迎の拍手をしましょう。その拍手に応え,コンサート・マスターの動きに併せて「一同礼」という感じでOEKの奏者全員が会釈をします。この「ご挨拶」はOEK独自の習慣です。この挨拶は,見ていて気持ちが良い上,お客さんの集中力も高まるので良い習慣だと思います。ちなみに休憩後は,コンサート・マスターも普通の団員も一緒になって入ってきます。

【チューニング】
コンサート・マスターが立ちあがって,第1オーボエ奏者の方を向くと,チューニング(音合わせ)が始まります。オーケストラのコンサートに来たという雰囲気を味わえる瞬間です。オーボエがラの音(英語ではAの音といいます)を長く伸ばして吹くと,それにコンサート・マスターが音を合わせます。その後,他の楽器も音を合わせます。なぜ,オーボエに合わせるかは不明ですが,「オーボエ奏者はオーケストラの真ん中にいることが多く,しかも音がよく通るから」などと私は勝手に思っています。ただし,編成の中にピアノがある時は,ピアノの音にあわせていますので,結局,「単なる習慣」のようです。

【演奏開始】
チューニングが終わると一瞬の静寂が訪れます。この静寂を大切にしましょう。基本的に音楽とは「静寂から始まり,静寂に戻るまでのドラマ」なのです。

ほどなく指揮者が登場します。ソリストがいるときはソリストを先頭に入場してきます。団員が全員立ちあがるので,盛大な拍手で歓迎します。指揮者が拍手に応えて会釈をします。拍手が止むと再度静寂が訪れます。指揮者が団員の方を向いて(つまり,お客さんに尻を向けて)演奏が始まります。曲によっては拍手が鳴り止まないうちに指揮を始めることもあります。曲の開始の緊張感もコンサートならではのものです。息を呑んで待ちましょう。

【演奏中】
演奏が始まった後はできるだけ曲に集中しましょう。ただし,緊張し過ぎる必要もありません。緊張しすぎると肩が凝り,楽章間に必要以上に咳などをしたくなってしまいます。

演奏中は,どこを見ていても構いませんが,通常はソロを取っている楽器または指揮者の方を自然に見てしまいます(コンサートのテレビ中継の映像も大体そうなっています。)。もちろん,好きな演奏者をずっと見ていても構いません。

大曲になると,楽章に分かれているのが普通です。通常,1つの楽章が終っても拍手はしません。ただし,これは慣習であり,本当に素晴らしいと思ったら拍手しても悪くはありません。例えば,チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の第1楽章の後などは拍手してもそれほど不自然ではないと個人的には思います。とはいえ「楽章間では拍手をしない」というのは,かなり厳しい「暗黙のルール」ですので,何楽章からなっている曲なのかプログラムで確認しておくことは必要です(ベートーヴェンの田園交響曲のように全5楽章なのに最後の3つの楽章は連続して演奏される,という例もあるので,かなりやっかいな問題ですが。)。

なお,楽章の間にこれ見よがしに咳をするのは,あまりよくない慣習だと思うので,楽章間でも不必要に咳はしない方が良いと思います。演奏中に居眠りするのは,ある意味では名演の証拠ですが,イビキをかくのはひんしゅくを買いますので止めましょう(と書いて止められるものなら問題はないのですが…)。

コラム2 コンサートのマナーあれこれ

音楽は所詮,娯楽の一つですので,基本的には,公共の場所でのマナーさえ守っていただければ,あとは自由に楽しめば良いでしょう。ただし,クラシック音楽の演奏会場は,通常よりも「静けさ」に対する基準が厳しくなります。例えば,次のような点には十分気をつける必要があります。

  • 携帯電話,アラーム付き時計など,自分の意思とは別にうっかり音が出てしまうものの電源は切っておく。
  • ホール内で飲食はしない。のど飴などは微妙なところですが,飴を包んでいる包装を取る音などは意外に気になりますので,これもダメでしょう。
  • 紙類をガサゴソさせない。入場した後,ビラ類を沢山もらいますが,演奏中はこういったものがノイズの原因になります。カバンの中のものをガサゴソ探したり,カバンに付けた鈴などを鳴らすのもNGです。
  • 演奏中はしゃべらない。席を立たない。この辺になると幼稚園・保育園レベルなのですが...。このことが守れそうにない幼稚園児・保育園児は当然入場することはできないことになります。小学生以下の「子連れ入場可」というコンサートも時々ありますが,通常は託児コーナーを予約しておくか,親子用の鑑賞室を利用する必要があります。

その他,「どういう服装を着ていけば良い?」という質問をよく聞きますが,この辺は全く堅苦しく考える必要はありません。雨や雪の多い金沢では長靴を履いて会場に来られる人の姿も見かけます。その一方,おしゃれをする人が多いと会場全体が華やかになります。金沢では着物を着て会場に来られる人の数が他の都市よりも多いようです。というわけで,デパート辺りに出かけるようなイメージで服装を選べば良いのではないかと思います。
【拍手のマナーあれこれ】
1曲終ると通常拍手をします。ブラボーと叫ぶ人もいます。拍手の原則は「自分が良いと思ったら一生懸命拍手をしましょう」ということだけです。

拍手をするタイミングについては難しいものがあります。一般に拍手は会場の残響が消えてからすれば十分です(残響がないホールも多いのですが...)。特に静かに終る曲については,指揮者の棒が完全に止まって,さらに数呼吸置いてから拍手しても十分です。「曲の終りを知っているぞ」ということを示すために,誰よりも先に拍手をしたがる人がいますが,こういう人は回りの人から「フライング!」と白い目で見られますので止めましょう。演奏前の静寂と同様,演奏後の静寂が重要なものだということはクラシックのコンサートのしきたりの中で最も重要なことです。

とはいえ,ニューイヤーコンサートのような曲や派手に終わる曲の場合は,曲が終ってすぐに拍手をした方が盛り上がります。ショパン・コンクールでは,ピアノ協奏曲第1番のピアノ・パートが終わったら,オーケストラの演奏が終わる前にピアニストに対して拍手する習慣がありますが,独奏の演奏が本当に素晴らしければ,こういう拍手も良いかもしれません。いずれにしても,「会場の雰囲気を感じ取る」ということが拍手をする時にはいちばん肝心なことです。

その他,たくさんの小品が組になって1曲となっているような曲の場合(シューベルトの「冬の旅」,ショパンの24の前奏曲のような曲)は,1曲ごとに拍手するのではなく,通常すべての曲が終ってから拍手します。24曲ごとに拍手をしたら,演奏者の方が集中できず,怒り出す可能性があります。

オペラのアリアの後の拍手のタイミングにも難しいものがあります。特に「蝶々夫人」など近代の作品の場合は,拍手で中断されないようにアリアが終りそうになると,次のメロディが始まるようになっています(3大テノールのコンサートで有名になった「誰も寝てはならぬ」も本来そういう曲なのですが,演奏会で歌われる時には,強引にエンディングを付けています。)。こういう曲については拍手する必要はありません。モーツァルトのオペラや19世紀のイタリア・オペラなどについては,アリアは拍手を求めて終るようなところがありますので,悪くないと思ったら盛大に拍手をしてあげましょう。

「悪い」と思った時には「ブーイング」をしても良いのですが,あまり品は良くありませんので,やらない方が無難でしょう。「自分はこの音楽をよく知っているんだ」ということを誇示しているスノッブ(俗物)だと周りの人から見られる可能性があります。音楽というのは,結局は好みの問題ですから,まわりの人は感動しているのに,自分だけが悪いと思っている可能性もあるのです。余程,強い心臓を持った人か目立ちたがり屋でないとブーイングはできないのではないかと思います。気に入らなければ拍手をしない,ぐらいで十分だと思います。

【休憩】
前半のプログラムが終わると休憩に入ります。音楽堂では通常20分です。以前よりも休憩時間は5分延びましたが,それほどのんびりはできません。通常女子トイレは満員だし,熱いコーヒーなどは一気に飲み干せません。

私は,前半のプログラムの感想をまとめたりしていますが,そんなことをしている人は少ないかもしれません。前半に登場したソリストの華やかなステージなどを見た直後なので,売店でCDを衝動買いしたくなったりもします。そういう少々興奮気味の雑踏をうろうろするのもコンサートの楽しみの一つです。

音楽堂では,定期会員には,無料でドリンクがサービスされます。ワインなどを飲んで優雅に過ごすというのも良いかもしれません。コーヒーを飲むとすぐトイレに行きたくなるので,その点でもワインの方が良いような気がします(ただし,ワインの場合,眠くなる可能性はありますが)。

【アンコール】
演奏会の拍手は通常,全プログラムが終った後のものがいちばん盛大です。これはアンコールを要求しているからです。何が出てくるかわからないアンコールは楽しみなものですが,アンコールには弊害もあることも知っておく必要があります。

まず,メインで力をこめて演奏した曲の印象がアンコールによって薄められてしまいます。アンコールの曲は,ポピュラーな曲が多いですから,「この曲聴いたことある!」とホッとさせる作用があります。そうなると,せっかくの緊張感がなくなってしまいます。

また,プログラムの内容とは別に「アンコールがないと損」というような気持ちで拍手をしていても,演奏者に対する感謝にはなりません。例えばNHK交響楽団の定期公演では,通常アンコールはありません。

例外は,ニューイヤー・コンサートです。どこのオーケストラのニューイヤー・コンサートでもプログラムに書いてないラデツキー行進曲で締めることが暗黙の約束になっていますので,ニューイヤー・コンサートの場合はそのつもりで盛大な拍手をする方が楽しめます。シュトラウスの曲以外でも,小品を集めたような,名曲コンサートの場合もアンコールがあった方が会場が盛り上がります。

なお,定期公演のプログラムの前半がソリストの登場する協奏曲で締められる場合にも,ソリストによるアンコールが行われることがあります。このアンコールは純粋に拍手の量によって行われるので,真のアンコールというのはこちらの方かもしれません。私自身の過去の経験でもこちらのアンコールの方が面白い曲が多かったような気がします。

OEKの定期公演のアンコールで演奏された曲については「カンタービレ」という素晴らしいCDにまとめられています。本当にアンコールで演奏された曲ばかりが収録されているというのが嬉しい限りです。

【コンサートの締め】
コンサートの「締め」は意外に難しいものです。一度,アンコールをすると惰性でダラダラと拍手が続きます。そのまま拍手が消えて「おしまい」ということがありますが,どうせならば,きっちり締めてもらった方が気持ちは良いものです。通常は,指揮者が頃合いを見て,コンサート・マスターに合図し,軽く「ご苦労さん」という感じの動作を団員に示したところで演奏会はおしまいです。OEKの場合,最初の入場の時に呼応するようにコンサート・マスターの動作に併せて団員全員で会釈をします。この挨拶に対して盛大な拍手をしてお開きということになります。

コラム3 CDの実演販売

近年,サイン会付きのクラシック・コンサートが非常に多くなっています。OEKはその中でも特にサイン会に力を入れています。OEKの場合,CDのレコーディング数が国内オーケストラの中でも特に多いので,コンサートの後のサイン会はまさにCDの実演販売という感じです。

コンサートで演奏されたばかりの曲をCDで買うことができたり,その日の公演がそのままライブ録音されるといったことがよくあります。音楽CDは,手軽に作れるようになった一方で,音楽配信などの影響で,今後ますます売れ行きが少なくなっていく可能性があります。コンサート・ホールでの「実演販売」はそういう意味でも注目の販売方法と言えそうです。
サイン入りCDの例
【サイン会】
OEKでは,演奏会終了後にファン・サービスのサイン会をよく行っています。演奏者を間近に見ることはめったにありませんので,私もよく参加しています。もう50人以上の方のサインを集めました。2005年度からは,指揮者・ソリストに加えてOEKの団員の数名もサイン会に登場するようになりました。OEKとファンとの距離を縮めようという意図があるのだと思います。ステージ上では大きく見える方が意外に小柄だったりして,いろいろと発見があります。

私はCDのあるアーティストの場合は,そのジャケットにサインをしてもらうことにしています。部屋の中に飾るのに,いちばん都合が良いからです。サインをもらうためにCDを買うという本末転倒のことになりがちですが,良い記念にはなります。CDのないアーティストや団員の場合は,当日のプログラムにサインを頂いています。

サイン会は場内アナウンスが入る場合は,カフェコンチェルトのエスカレータ寄りで行われることが多いようです。その他,楽屋口で演奏者が出てくるのを待っていれば大体の場合,サインをもらうことができます。有名奏者の場合,楽屋口でサイン会が自発的に始まる場合もあります。

【(番外)ゲネプロ】
OEKでは,ゲネプロの公開というファン・サービスも時々行っています。ゲネプロというのはゲネラル・プローベ(General Probe)というドイツ語の日本的略し方です。訳すと総リハーサルということになります。リハーサルといってもほとんど中断無しに演奏されますので,自分のお気に入りの指揮者・ソリストが登場する時などは,ゲネプロにいけば,2倍楽しめることになります。ただし,アンコールのリハーサルをしていても,もちろん黙っていないといけません。

以上がOEKのコンサートの大まかな流れです。

   (C)OEKfan 2006