クラシック音楽のコンサートの楽しみ方:芸術文化サポータのすすめ 本文へジャンプ
第3章 レビューする楽しみ

コンサートを記録に残したい                                                   
有名人に出会ったとき,カメラ付き携帯電話を持ち出して撮影し,知人に送る―こういう行動はごく当たり前の光景になってきました。クラシック・コンサートについてもこれと同じことが言えます。もちろん,コンサート中の写真撮影や録音・録画は禁止されていますが,自分が聞いたコンサートの様子を文章にまとめ,ホームページやブログで公開するといったことはよく行われるようになってきました。

面白いことがあったとき,それを記録に残し,人に伝えたいという欲求は,人間の本能と言っても良いのではないかと思います。前の章に書いたとおり,音楽というのは時間芸術ですので「方丈記」の冒頭にあるように,一度鳴った音ははかなく消え去っていきます。CDという形として残すことはできますが「音」そのものは耳の中に蓄積されることはなく,どんどん上書きされていきます。紙に染みた水がしばらくすると蒸発してしまうような,短期メモリーに記憶されるだけです。それだからこそ,何かを残しておきたいというのが人間の心情なのだと思います。

聞き手の方からすると,アーティストの創造的な活動を味わっているうちに,自分でも創造的なことをしてみたくなります。アーティストの作った世界を2次的に編集すること―そういったことが「レビューする楽しみ」です。

また,同じコンサートを他の人がどう聞いたか?ということはアーティストのみならず聞き手の方でも気になるものです。「やっぱり同じ」ということもあれば「全然違う」ということもあります。ホームページが簡単に作れるようになった現代,こういった「見知らぬ他人の感想」を簡単に知ることができるようになりました。私が作っているOEKfanもそういうページの一つです。

書くために聞く                                                   
私のページでは,こういった過去のレビューをどんどん溜め込んでいます。後から読むと,日記を読み返すような感じで当時の記憶を呼び起こすことができます。溜まるといっても部屋が散らかるわけでもなく,ホームページ上で完結しているのも良い点です。前の章で書いた「勉強」が「予習」だとすれば,「レビュー」の方は「復習」といえます。

現在,ブログと呼ばれる日記のようなホームページが増えてきていますが,演奏会の感想というのはその格好のネタになります。コンサートの聴衆の中に「聞き手=書き手」のような人が徐々に増えてきているのではないかと思います。これはインターネット時代の産物と言えます。

こういう「何かを書くために聞く」という態度は,漠然と聞くのとはかなり違ったスタンスになります。映画や演劇の世界にも共通しますが,良かれ悪しかれ評論家の聞き方と似たものになります。全員が書き手になる必要はないとは思いますが,書くためのネタを探すという目的を持って聞くと,細部にまで目が行くようになるのは確かです。その意識が強くなり過ぎると,音を楽しむ前に言葉を考えるという本末転倒の事態になり良くないのですが(私自身,反省しないといけないのですが),この「ネタ探しのために聞く」という態度は,新しい音楽鑑賞のあり方なのではないかと思います。書くために聞いている人のエネルギーをアーティストを応援するようなポジティヴなエネルギーに結束することができればクラシックのコンサートも建設的な方向に変わっていく予感がします。

気軽に書くための方法                                                   
少々,話が大きくなってしまいましたが,次に私のコンサートのレビューの書き方を紹介しましょう。皆さんもこれを参考に気軽に書いてみて下さい。

1.メモを取る
オーケストラの配置,ステージの雰囲気,奏者の衣装などに特徴があった時,アンコールがあった時など休憩時間,終演後にメモを取っています。何か面白いことがあった場合,それを観察するためにオペラ・グラスなどを携帯しています。

その他,曲のテンポ,特徴なども簡単にメモしています。演奏中のメモはしないようにしていますが,どうしてもメモしたくなった場合は,周りの席の状況を見てパッと一言書いたりしています。いずれにしても音の記憶というのは儚いものなので,あまり正確さを期待しない方が良いと思います。

2.第1印象を書く
家に戻ったら,パソコンに向かってコンサート全体の印象を文章に書きます。上述のとおり音の記憶ははかなく,時間とともに逓減しますので,第1印象がいちばん正確です。良かった,悪かったといった率直で簡単な言葉で取りあえず書いてみます。この文章をOEKfanの掲示板に書き込んでいます。

3.プログラムを転記する
私の場合,OEKfanのページ用にコンサートの全体を紹介するためのレビューを書いていますので,まずそのために当日の演奏曲目をプログラムから転記しています。必要に応じて,クラシック作品名辞典などで曲名などを確認しています。不思議なことに,この曲目を書いているうちに,第1印象とはまた別の印象が浮かんできます。

4.感想を箇条書きにする
1.の情報を基に頭に浮かんだことを,演奏された曲順に次々と箇条書きで書き出してみます。私の場合,ワープロ・ソフトは使わず,動きが軽快な秀丸エディターというソフトで文章を書いています。Windowsのメモ帳でも良いのですが,素早く書くには,カット&ペースト機能などの使い慣れたエディターが最適です。通常はここまで書いてから寝ています。私の場合,ここまで出来れば,あとはそれほど時間はかかりません。

5.まとめる
前日の夜までの段階で書くためのネタは揃っています。3+2+4の順にコピー&ペーストをすればレビューの下書きのような感じになります。その下書きを次のような点に注意して修正します。基本的には「客観的な内容」「わかりやすい表現」を目指しています。
  • 音の印象よりも見た目の印象の方が客観的になることが多いので,視覚的な特徴がある場合はそれを含めます。例えば,奏者のドレスの色を書いておくと,後で「ああ,あの演奏か」と思い出すきっかけになります。
  • 物理的に描写する。演奏を評価するような語彙を選ぶのは難しいので,なるべく「速い−遅い」「大きい−小さい」「硬い−柔らかい」といった,物理的な言葉を使います。これらの言葉にしても主観的ですが,ただ「良かった」と書くよりはまだ客観的な雰囲気になります。
  • 具体的に描写する。例えば,印象的なソロがあった場合は,その奏者の名前も書きます。当然のことながら固有名詞の間違いがないように気をつけます。
  • とはいえ,これらの物理的な言葉,具体的な言葉を使うにはある程度予備知識が必要です。予備知識がない場合は,ところどころ誤魔化します(実は,こればかりです)。
  • 「わからない」は禁句。OEKの岩城音楽監督は,「音楽の感想として「わからない」というのは変だ」と語っています。私もこの言葉に従って,曲の感想にこの言葉は使わないようにしています。この辺は頭とレトリックの使いようです。現代音楽の場合,この言葉を使いたくなりますが,結局は「わからない=嫌い」となるようです。
  • 「良かった」を分析する。2の第1印象で「良かった」と一言で書いたのですが,この「良かった」を,もう少し分析してみると,文章のボリュームが増し,華やいだ感じになります,「何が良かったのか?」についていろいろな比喩を入れて書いてみると良いでしょう。

6.文書の推敲
その後,文章を整えたり,重複する表現を削ったりします。私の場合,「@演奏会全体の感想,A最初に曲,次の曲,最後の曲,Bまとめ」という構成で書いています。小学生の日記のようなものです。ホームページの場合,字数制限がありませんので,こういう形で書くとかなり長いものにになります。例えば,一つの曲だけ取り出して,いきなり「昨晩の岩城のブラームスには圧倒された」という感じで音楽評論家のように書き始めるのも面白いと思います。この辺は好みの問題です。

7.html化&ヴィジュアル化
私の場合,6で書いた文章をホームページ・ビルダーというソフトを使ってWebページに仕上げています。秀丸エディターで書いた文章を演奏会レビュー用のフォーマットに貼り付け,見出しを太くするだけで完成しますので大した作業ではありません。この段階で再度,文章の推敲を行います。

文章だけでは寂しいので,会場の雰囲気を伝える写真を入れたり,サイン会でもらったサインの写真を入れたりすることもあります。もちろんコンサート・ホール内で,ディジタル・カメラは使いませんが,取材用の小道具としてコンパクトなものを一つ持っていると便利です。

私の場合,こういうプロセスで書いているうちに,最初には思いもよらなかった(?)文章が沸いて出てくることがよくあります。一種,自分の文章に酔ってしまうようなこともありますが,そういう点も含め,私にとってこれらの作業は楽しいものです。楽しみだから続けられるとも言えます。長いものを書く必要はありませんが,一度,「書くために聞く」ということを試してみると面白いと思います。

図4 私の「取材」グッズ
 *現在は違う道具を使っているものもあります。

   (C)OEKfan 2006