クラシック音楽のコンサートの楽しみ方:芸術文化サポータのすすめ 本文へジャンプ
第2章 曲を勉強する楽しみ

好きな趣味ほど勉強したくなるもの                                                   
「曲を勉強する楽しみ」というと,「だからクラシック音楽は嫌だ」と言われそうですが,「脳力トレーニング」など勉強すること自体が趣味化している生涯学習の時代にはそんなに悪いことでもありません。勉強する楽しみもクラシック音楽にはあるのです。クラシック音楽は,メロディ重視のポピュラー音楽的な聴き方をしても楽しめるものもありますが,曲の作られた時代背景,作曲者の生涯,曲の形式,楽器の知識といった余分な知識があった方がより深く楽しめます。自分の趣味を考えてみて下さい。サッカーの試合を見ながら「オフサイド・トラップだ」と叫んだり,相撲を見ながら「脇が甘い」などとブツブツ言ったりするのと同じなのです。好きなことほど知識があり,その知識をもとにより深く楽しんでいるはずです。

演奏会でクラシック音楽を楽しむ場合,大まかに言って,次の予備知識があれば良いでしょう。@演奏会のプログラミングのパターン,Aクラシックの曲の構成のパターン,B個々の曲についての予備知識。この章では,この3点を中心に,クラシック音楽の勉強法について説明します。

プログラミングのパターン                                                   
まず,コンサートのプログラムのパターンを覚えましょう。

クラシック音楽のコンサートのプログラムは序曲,協奏曲,(休憩があって)交響曲というパターンが基本になっています。序曲は耳慣らし(演奏者から言えば腕ならし),協奏曲では派手な独奏者のテクニックや個性を味わう,そして最後の交響曲だけは真剣に聴くと割り切っておくと気が楽になります。たまに「第九だけ」というようなプログラムもありますが,編成の小さいOEKのコンサートでは,ブルックナー,マーラーの交響曲の演奏を聴くことはまずありませんので,通常は二曲以上からなるプログラムになります。

結局は最後の交響曲がポイントになります。好みはあるでしょうが,交響曲という形式がクラシック音楽の一つの頂点を成していることは事実です。歌うようなメロディが次々出てくる交響曲というのはあまりないので(新世界交響曲はだから人気があるのですが),「あのオーボエのソロは難しそうだ」とか「最初のメロディが変奏されてまた出てきた」とか「この指揮者のテンポは速い」といったことがわかる方が楽しめるのは何となくわかっていただけると思います。そのためには何回か曲を聴いて,曲をある程度覚えておいた方が良いのです。

具体的には,コンサートの曲のCDをあらかじめ聴いて予習しておくことをお薦めします。解説書を読んで,主要な主題を覚えたり,曲の流れやソロで出てくる楽器とかを頭に入れておけば本番では,それと比較して楽しめます(もっと本格的に聴きたい場合はスコア(総譜)を読んでも良いかもしれませんが,通常,そこまでする必要はないでしょう)。「アッ!これ聴いたことある」という楽しみといえます。繰り返し聴くことに耐えられる音楽―というのが言葉の意味からしても真のクラシック音楽といえます。そう意味ではポピュラー音楽の中にもそういう音楽はたくさんあるし,いわゆる「クラシック音楽」でも「一回聴けばあとは遠慮したい」という曲もあります。これは主観の問題です。何回聴いても好きになれない「名曲」があるからといって,自分を責める必要はありません。所詮,趣味の世界のことですから。

ちなみ,OEK fanのコンテンツの中に曲目を解説をしたページがあります。素人の私が書いたものですが,随時更新していますので参考にしてみてください。

比較,蓄積そして挑戦                                                    
クラシック音楽の鑑賞の楽しみの中には「比較」と「蓄積」というものもあります。あれこれ比較しているうちに曲と演奏の好き嫌いができ,それがコレクションとして自分の中に蓄えられてくる(CDも貯まってくるのですが...)というのがクラシック音楽鑑賞を続けていくことの楽しみの一つです。私が自分のホームページに感想などを書き溜めているのもこのような理由によります。「消えて去っていく音を少しでも定着させたい」という貧乏性とも言えます。だから,モーツァルトの交響曲第四十番が曲がプログラムに何回登場してもファンは飽きずに聴いているのです。そして,自分のこれまで聴いたことのない曲を初めてコンサートで聴くという征服感も味わうことができます。

コンサートというのは自分の頭の中のレパートリーを広げていく絶好の機会です。それに加え,OEKの定期公演では「21世紀へのメッセージ」シリーズのような世界初演曲が登場することがよくあります。これだけは予習のしようがありませんが,そのかわり,予測する楽しみ,という「超」の付く好奇心を刺激してくれます(もっとも前述のゲネプロに行けば初演の曲の予習も可能ですが)。結局のところは受動的に聴くのではなく好奇心を持って聴くと楽しめる,ということになります。これは,すべての趣味・勉強についていえる真理です。

OEKの定期公演で取り上げられる音楽について勉強をする時は,前提として「OEKの基本的な編成」と「小編成の制約からくるレパートリーの狭さ」を理解しておく必要があります。それと「楽典」と呼ばれる,音楽についてのいろいろな規則もある程度知っていたほうが良いでしょう。以下,これらについて簡単に説明しましょう。

OEKの基本的な編成                                                   
OEKは「日本初のプロの室内オーケストラ」と言われています。室内オーケストラというのは,小編成だということを意味しています。弦楽器,木管楽器,金管楽器,打楽器というオーケストラとしての基本的な形は取っていますが足りない楽器もいくつかあります。それが何かわかるでしょうか?

通常のオーケストラにあって,OEKに足りない楽器は,トロンボーンとチューバです。もちろん,ハープ,サクソフォーンといった楽器も入っていませんが,これらは通常のオーケストラでもエキストラを使っているケースが多いと思います。

また,各楽器の奏者の数も少なくなっています。OEKの管楽器はそれぞれ2本ずつです(これを2管編成と言います。マーラー,ワーグナーあたりの曲となると管が4人以上必要になったりします)。当然,2本で足りない曲も出てきます。特に,ホルンは3本以上で和音を作ることが多いので,3人目以降のホルンは常にエキストラを雇う必要があります。弦楽器の方も通常のオーケストラに比べるとかなり少なめで,コントラバスなどは2人しかいません(ただし,3人に増強されていることがよくあります)。

編成が小さいことは,短所というよりはOEKの特色と考えた方が良いでしょう。編成が小さい分,透明感や演奏の切れ味は出しやすくなります。管楽器が弦楽器の音の中に埋もれてしまうということもありません。その分,個々の奏者の技術が高くないと粗が目立つともいえます。大オーケストラ以上に洗練されたアンサンブルの力が重要になるのです。

OEKは良いオーケストラですが,このように編成上の制約があります。一言でいうとハイドン,モーツァルト時代の編成です。私たちは,この制約の中で楽しまなければならないのです。しかし,限定の中の楽しみというのはもっとも粋(いき)な楽しみです。ルールのない自由というのは意外につまらないものです。ワビ・サビの俳句の世界のようなもので,粋な人ならOEKに常にドヴォルザークの「新世界」ばかりを期待しないで下さい。これは時々開催される特別大編成OEKや音楽堂が招聘する大オーケストラの演奏会や合同演奏会に期待しましょう。

楽器の名前と配置を覚えよう                                                   
OEKの楽器の通常の配置は,下の図のとおりです。ほとんどのコンサートでは,このような形で並んでいますが時々変更になります。「いつもと違うな」ということがわかるようになれば,「通のような顔」ができます。それぞれの楽器の形,音域,音色を頭にインプットしておくとコンサートの楽しみが倍増することは確実です。何回か,演奏会に通えばすぐに覚えられます。


図2 OEKの編成 : 通常の配置と古典的な対向配置

例えばルドルフ・ヴェルテンさん指揮の演奏会では,いつも弦楽器の配置はかなり変則的です。下手(客席から見てステージの左側)から第1ヴァイオリン,チェロ,ヴィオラ,第2ヴァイオリンという順に並び,コントラバスは何と,第1ヴァイオリンの後にいました。チェロとコントラバスが正面を向いている分,低音が充実して聞こえるように感じました。また,第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンとの掛け合いがある曲の場合もいつもと違った効果が得られるようです。この配置だとヴァイオリン奏者などはかなり演奏しにくいようですが,金聖響さん指揮のベートーヴェンのCDのレコーディングでの配置もこの配置でしたので,今後,OEKが古典派以前の曲を演奏する場合の基本配置になっていく可能性もあります。

その他のコンサートでも,配置を変えていることがありますので,座席についたら「今日の配置は?」と,まず,奏者の座席をチェックすることをお薦めします。

いわゆる「現代音楽」が演奏される時の配置も,通常とかなり違っていることがあります。武満徹さんの「地平線のドーリア」,権代敦彦さんの「アンティフォン」など,めちゃくちゃと言って良いほどの変な配置でした。バルトークの「弦楽器,打楽器,チェレスタのための音楽」の配置もかなり変わっています。こういったことも作曲者の表現意欲の表れと解釈すると楽しめます。

OEKのレパートリー
       
前述のとおり,OEKは古典派の曲を演奏するのに相応しい編成ですから,当然レパートリーの中心は,古典派です。そして,古典派音楽の到達点でもあるベートーヴェンの曲がその中でもメインプログラムとなることが多いようです。「OEKの基本はベートーヴェン」といえます。

私はOEKの設立以来,ほとんどの定期公演を聴いてきたのですが,そのプログラムのデータを作曲家別,曲目別に集計してみたことがあります。石川県立音楽堂が完成する前までのデータで,しかも正確な数え方ではないのですが,参考までにご紹介しましょう。

作曲家別に見るとモーツァルトが圧倒的にトップです。その他でもベートーヴェン,シューベルト,ハイドン,メンデルスゾーンなど古典派から初期ロマン派の曲がよく取り上げられていることがわかります。ヨハン・シュトラウスが多いのは,毎年行われているニュー・イヤー・コンサートのせいです,これは別にカウントした方が良かったのかもしれません。

表1 OEKが定期公演等でよく演奏している曲の作曲家別ランキング
*1989〜2001年頃のOEKの定期公演等の主要演奏会で演奏された曲目を集計したもの。
順位 作曲者名 演奏回数 % 累積%
1 モーツァルト 106 16.99% 16.99%
2 ベートーヴェン 62 9.94% 26.92%
3 シュトラウス,J.II 55 8.81% 35.74%
4 ハイドン 36 5.77% 41.51%
5

シューベルト 24 3.85% 45.35%
バッハ,J.S. 24 3.85% 49.20%
メンデルスゾーン 24 3.85% 53.04%
8 チャイコフスキー 18 2.88% 55.93%
9 ラヴェル 13 2.08% 58.01%
10
ブラームス 11 1.76% 59.78%
武満徹 11 1.76% 61.54%
12 サン=サーンス 10 1.60% 63.14%
13 シュトラウス,R. 9 1.44% 64.58%
14 ビゼー 7 1.12% 65.71%
15



シュトラウス,ヨゼフ 6 0.96% 66.67%
ストラヴィンスキー 6 0.96% 67.63%
バルトーク 6 0.96% 68.59%
フォーレ 6 0.96% 69.55%
ロドリーゴ 6 0.96% 70.51%
20




シューマン 5 0.80% 71.31%
ドヴォルザーク 5 0.80% 72.12%
ドビュッシー 5 0.80% 72.92%
ファリャ 5 0.80% 73.72%
プロコフィエフ 5 0.80% 74.52%
一柳慧 5 0.80% 75.32%
26





コダーイ 4 0.64% 75.96%
シェーンベルク 4 0.64% 76.60%
ショスタコーヴィチ 4 0.64% 77.24%
ショパン 4 0.64% 77.88%
ルーセル 4 0.64% 78.53%
ロッシーニ 4 0.64% 79.17%
外山雄三 4 0.64% 79.81%

曲目別では,毎年演奏されるシュトラウス・ファミリーの曲を除くと上位に入っているのは,メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲,メンデルスゾーンの交響曲第4番「イタリア」,シューベルトの交響曲第5番,ビゼーの交響曲第1番,プロコフィエフの古典交響曲ニ長調,ベートーヴェンの交響曲といった曲です。これらは設立当初から繰り返し演奏されて来たOEKの十八番ともいえる曲です。特にプロコフィエフの古典交響曲は,岩城さんが「なんとかの一つ覚えのようにこの曲を演奏して,OEKはうまくなった」とおっしゃられているように,他オーケストラとの交流演奏会のたびに演奏されています。金沢以外で演奏されることも多いので,OEKの看板曲と言っても良いと思います。この本の巻末に少々主観的ですが「OEK十八番」と称して,OEKの得意とする曲を十八曲選んで,解説を書いてみました。これらの曲にはOEKのCDがあるものもありますので,OEK入門としてお聞きになってみてください。

表2 OEKが定期公演等でよく演奏している曲ランキング
*1989〜2001年頃のOEKの定期公演等の主要演奏会で演奏された曲目を集計したもの。
順位 曲名 回数
1 シュトラウス,J.II/美しく青きドナウ 8
2 メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調 7
3 メンデルスゾーン/交響曲第4番「イタリア」 6
4











シューベルト/交響曲第5番 5
シュトラウス,J.II/喜歌劇「こうもり」序曲 5
シュトラウス,J.II/皇帝円舞曲 5
ビゼー/交響曲第1番ハ長調 5
プロコフィエフ/古典交響曲 5
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 5
ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」 5
ベートーヴェン/交響曲第4番 5
ベートーヴェン/交響曲第6番「田園」 5
ベートーヴェン/交響曲第8番 5
モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第4番 5
モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」 5
モーツァルト/交響曲第39番 5
17









シューベルト/交響曲第7(8)番「未完成」 4
ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 4
ベートーヴェン/エグモント序曲 4
ベートーヴェン/交響曲第5番 4
ベートーヴェン/交響曲第7番 4
メンデルスゾーン/交響曲第3番「スコットランド」 4
モーツァルト/交響曲第35番「ハフナー」 4
モーツァルト/交響曲第38番「プラハ」 4
モーツァルト/交響曲第40番 4
ラヴェル/バレエ組曲「マ・メール・ロア」 4
ラヴェル/ピアノ協奏曲ト長調 4

このように古典派中心のプログラムだとはいえ,曲目別に集計すると,意外な曲もいくつか入っています。例えば,チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲です。チャイコフスキーといえば大編成と考えられがちですが,この曲にはトロンボーンが入っていません。ホルンを2本加えればOEKでも演奏できてしまうのです。

その他,現代の曲が多いのが目立ちます。編成の制約を逆手に取って,OEK向けの新曲を作ってもらおうという岩城さんの意図といえます。OEKの素晴らしい点は,これらの新曲の演奏を1回限りで終わらせるのではなく繰り返し演奏している点です。特に西村朗さんの「鳥のヘテロフォニー」は演奏旅行でも頻繁に演奏している曲で,岩城指揮OEKの名とともに後世に残る曲になりつつあると思います。

古典派の曲の中では,ハイドンはもっと演奏されても良いと思います。ハイドンの曲は1曲ごとに創意工夫がされており,聴けば聴くほど味が出てきます。今まで,マイナーな曲も何曲か聴いてきましたが,駄作がないというのは驚異的なことだと思います。特に2001年4月にプリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任したギュンター・ピヒラーさんのハイドンは緊張感と新鮮な響きで見事でした。ハイドンの交響曲は百曲以上ありますから(つまり,尽きることがないということです),これからもOEKのレパートリーにどんどん加えていってほしいと思います。

シューマンの交響曲が1回しか登場していないのも意外です。マーラー,ブルックナーは無理としても,ブラームスあたりももっと演奏されても良いような気がします。2003年3月の岩城さんのブラームスを聴いた限りでは,室内オーケストラによる新鮮なブラームスを目指すというのも面白い試みだと思います(注:この文章を書いた後,岩城/OEKのブラームス:交響曲全集は完結し,全曲がCD化されました)。

参考までにアンコールで取り上げられた曲についても調べてみました(表3)。こちらも正確なデータではないのですが,別格の曲であるラデツキー行進曲をのぞいてトップになったのは「G線上のアリア」でした。これは妥当な線です。その他にどういう曲がアンコールで演奏されて来たかを調べてみると,当然のことながらCD「カンタービレ」に収録されている曲が多いのが目立ちます。このCDのセールス・ポイントなので,当然なのですが,本当に演奏会でアンコールで取り上げられた曲ばかりというのは,実に誠実なCDの作り方です。

表3 OEKが定期公演等でよく演奏しているアンコール曲ランキング
*1989〜2001年頃のOEKの定期公演等の主要演奏会で演奏された曲目を集計したもの。
順位 曲名 回数
1 シュトラウス,J.I/ラデツキー行進曲 11
2 バッハ,J.S./管弦楽組曲第3番〜アリア 8
3 シューベルト/劇音楽「ロザムンデ」〜間奏曲第3番 6
4


グルック/歌劇「アルミード」〜ミュゼット 4
メンデルスゾーン/劇音楽「夏の夜の夢」〜スケルツォ 4
モーツァルト/アヴェ・ヴェルム・コルプス 4
モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲 4
8

チャイコフスキー/弦楽セレナード〜ワルツ 3
ビゼー/歌劇「カルメン」〜アルカラの竜騎兵 3
モーツァルト/セレナード゙第13番ト長調K.525から 3

クラシック音楽のルール                                                   
私自身,音楽の専門教育を受けていないので大きなことはいえないのですが,音楽のルールについての基礎的な知識を持っているに越したことはありません。数年前に話題になった絶対音感を持っている必要などはありませんが,楽典と呼ばれる音楽のルールをある程度知っている方が楽しみが広がります。

まず,「アレグロ」「モデラート」といった速度や表情を表す用語,「ピチカート」「レガート」といった演奏方法を表す用語を知っているとプログラムの解説を読む時などに便利です。「ワルツ」「マーチ」「ポルカ」「メヌエット」といった舞曲のリズムも知っていると楽しみが増えますが,その定義は曖昧かつ奥が深かったりします。

その他,曲が短調(暗い)か長調(明るい)か,和音が曲が終る時の和音(主和音=ドミソ)か緊張感のある和音(属和音)か,といった調性に関する感覚も必要だと思いますが,これは歌謡曲・ポップスを聴く時にも自然に感じているものですので,特別な知識は必要ありません。これらの音楽もクラシック音楽と同じ西洋音楽ですから基本原理は同じなのです。

話が脱線しますが,チャイコフスキーの交響曲第5番の四楽章のクライマックス近くで,派手な音の後に,全休符が入るところがあります。思わず拍手が入ってしまうこともある箇所なのですが,和声的には,曲の終わりに使われる和音ではないので,いくら休符が長くても,拍手したくはならないはずです。この部分で拍手をする人は「音が何秒間か消えたら拍手」と考えているのだと思いますが,それは間違いです。曲の終結感をすっきりつけるような和音がない限り,通常,曲は終わりにはなりません。

ただし,これにも例外はあります。ウェーバーの「舞踏への勧誘」のような曲です。この曲は,完全な終結の和音があった後も曲が続きます。非常に紛らわしい曲です。1993年6月の第33回定期公演で,ハイドンの90番の交響曲が取り上げられた時は,第四楽章がいつまでたっても終わらないことがありました。これは,曲の最後まで行った後,また最初に戻っていたからです。これは,ハイドン一流のジョークです。こういう曲の時は,フライングで拍手してあげた方が演奏者も「ひっかかったな」と喜ぶのではないかと思います。

クラシック音楽は長い                                                   
閑話休題。ポピュラー音楽とクラシック音楽のいちばんの違いは,曲の長さです。ただし,クラシック音楽の場合,ただ長いだけではなく,曲全体が大きな建築物のような構成になっているのが特徴です。ポピュラー音楽の場合は,メロディを聴くことを重視しますが,クラシック音楽(特に交響曲)の場合は,メロディという「部分」を聴くと同時に,曲の「全体的な構造」を意識して聴くことを重視します。つまり,曲の全体を知ってから聴くということになります。例えて言うと,結果の分かっているドラマを何度も見るのが,クラシック音楽の鑑賞ともいえます。それでも(その方が),楽しめるのがクラシック音楽の魅力です。

話がややこしくなってしまいましたが,クラシック音楽の曲の構造は(特に古典派音楽では)パターン化されています。誤解を恐れずに単純化して言うと,クラシック音楽の構造はシンメトリー(左右対象)です。


図3 クラシック音楽の構造のパターン

3部形式の場合は,主題Aが出て,主題Bが出て,主題Aが出て終わり,という構造です。ロンド形式の場合は,A−B−A−C−A−B−Aというような構造です。ソナタ形式の場合は,第1主題(A)と第2主題(B)という雰囲気の異なる主題を順に演奏する「呈示部」,A,Bをあれこれ展開する「展開部」,A,Bがほとんど同じ形で戻ってくる「再現部」の3つの部分からなっています。これも単純化すれば,3部形式と似たものになります。

それぞれ,序奏が付いたり,終結部が付いたり,A,Bそれぞれが三部形式になったりと複雑になることが普通ですが,基本はA-B-Aのシンメトリーです。一言でいうと,最初に出てくるメロディを覚えておいて,どういう形で再登場してくるか,という聴き方で良いのです。西洋絵画の技法の基本は画面の奥行きを表す遠近法ですが,西洋音楽でそれに当たるのがこの三部形式ではないかと私は思っています。2回目のAが出てきたときに曲の一体感と奥行きが感じられることになります。

いわゆる「現代音楽」と呼ばれる「難解な」曲にしても,このシンメトリー構造を意識しながら,どうやって新機軸を打ち出そうか,という点に作曲の意図はあることが多いようです。クラシック音楽の歴史は,「基本」と「それからの逸脱」の間を揺れる歴史ともいえます。そういう意味で,クラシック音楽の基本としての整った形式を意識しながら聴くということは,重要なポイントです。

これだけの説明だとあまりにも単純すぎるので,もっとも重要な形式である「ソナタ形式」の構造についてもう少し詳しく説明しましょう。このパターンを覚えておくと交響曲だけではなくピアノ・ソナタや弦楽四重奏といった他ジャンルの作品の鑑賞の助けにもなると思います。

ソナタ形式とは?                                                   
1.序奏
無いこともあります。ハイドンの交響曲には大体立派なものが付いていますが,ベートーヴェンの英雄交響曲では「ジャン・ジャン」だけです。序奏に出てきたメロディが最後に再登場してきて,曲のまとまりをつける,といったこともあります。
2.第1主題の呈示
ポピュラー・ソングになるような美しいメロディの時もありますが,運命交響曲の「ジャジャジャジャーン」のようなメロディともなんとも言えないような断片的なもの(モチーフと言います)の場合もあります。一般に「ベートーヴェン作曲交響曲第5番ハ短調」というような場合は,この部分の調性を指しています。それだけ,重要な部分なのです。呈示が終ると,第1主題を繰り返して念を押したり(確保),スムーズに第2主題に移るための準備をしたり(経過部)します。
3.第2主題の呈示
通常第1主題とは違う調性で出てきます。第1主題がハ長調(主調)の時はト長調(属調)で出てくるのが定石ですが,そうでないものも沢山あります。第2主題は,第1主題と対照的な性格を持つことが多いのですが(一般に,第1主題は剛,第2主題は柔と呼ばれる。男性的,女性的という言い方もありますが,最近ではどちらがどっちかわからないかもしれません),古典派の交響曲などでは,それほどはっきりとした性格の対比を持たない場合もあります。ちょっとした,終結部(コデッタと言ったりします)があって,呈示部が終ります。古典派の交響曲の場合,ここで第1主題の呈示に戻って繰り返しを行う場合があります。繰り返しを行うかどうかは指揮者の解釈によります。ちなみに,岩城さんは繰り返しをしないことが多いようです。
4.展開部
今までに出てきた主題が変奏されたり,転調されたり,2つの主題が組み合わされたりと曲の中の盛り上がりを作る部分です。作曲家の腕の見せ所といえます。この主題のしつこい展開についてはベートーヴェンが得意とするところです。変奏曲的でファンタジックに飛び回る幻想的な部分と考えても良いと思います。ただし,ソナチネのような短い曲の場合は,ほとんどない場合もあります。
5.第1主題の再現
最初に出てきたのと同じような形で登場してきます(だから,再現と呼ぶのですが)。調性も最初と同じものが出てきます。展開部での混沌の後で,最初に聴いたものが再登場すると「嬉しくなる」「落ち着く」というのが,ソナタ形式の基本原理なのです。
6.第2主題の再現
第2主題の方は今度は主調で再現されます。つまり,第1主題と同じ調性で出てきます。わかりやすく言うと,対立していた2つの主題が和解するということになります。そのことによって,ますます曲の統一感が増します。音楽の「聞き応え」は,この曲の統一感にあるのではないかと私は思っています。
7.終結部
コーダとも呼びます。楽章のまとまりをつけるための最後の盛り上がりです。この辺もベートーヴェンの得意とするところです。ベートーヴェンの英雄交響曲のように,再び展開部が始まるかのような壮大な終結部の付くことがあります。ただし,第1楽章の場合,あまりに終結感が強すぎると後に続かないので,解決を後に延ばすように終わることもあります。
以上が,ソナタ形式の基本パターンです。もちろん例外もたくさんあります。西洋哲学の中に弁証法と呼ばれる方法論がありますが,ソナタ形式もその原理で動いています。「正−反−合」という動きの中でより高いものを目指すというのがクラシック音楽の基本的な構造であるといえます。

交響曲は,こういったソナタ形式もしくは三部形式の楽章が3つ,4つ集まってできているのが普通です。大体は,
  • 第一楽章:ソナタ形式
  • 第二楽章:三部形式
  • 第三楽章:三部形式(メヌエット,スケルツォといった舞曲)
  • 第四楽章:ロンド形式またはソナタ形式

というようなパターンです。つまり,第一楽章と第四楽章の両端に重い楽章や華やかな楽章を置き,中間に軽目の舞曲や静かな楽章を置くことが多くなっています。もちろん,重い楽章,華やかな楽章が軽い楽章,静かな楽章より優れているというわけではありません。曲全体としてのメリハリをつけているのです。

ソナタ形式では,各楽章ごとに別の曲のようになっていますが,楽章を越えて,メロディが再現する場合もあります。ベートーヴェンの第9の第4楽章の最初の部分で「この音楽ではない」と最初の3つの楽章のメロディの断片を次々と否定するようなケースです。その他,マーラーやショスタコーヴィチの曲では,自分の前作のメロディを使うことがあります。「引用」と言ったりしますが,簡単にいうと「使いまわし」ということになります。

ここに出てきた形式以外に,変奏曲,フーガといった形式があります。いずれもバロック音楽でよく使われている形式です。変奏曲の方はテーマをどんどん変奏していくという形式(説明になってない?)です。パッサカリア,シャコンヌといった形式もその一種です。コード進行だけは同じで,その上にアドリブで演奏するジャズの演奏パターンもこの形式に近いのではないかと思います。変奏曲形式は,ソナタ中の1つの楽章として登場することもあります。

フーガの方は少々複雑です。単純にいえば「かえるのうた」のような輪唱を複雑にして規模を大きくしたものといえます。同じテーマがソプラノ,テノールといった色々の高さの声や調性で次々に出てくるような曲です。バッハがその権威と呼ばれていますが,かなり難解な印象があります。実は私も苦手です。ベートーヴェンの第九の四楽章にフーガ的な部分がありますが,楽章の途中に出てくると非常に壮麗な雰囲気になります。響きの良い音楽堂で聴くとまた格別です。

音楽の3要素は,メロディ,ハーモニー,リズムと言われますが,クラシック音楽の場合,この3つに加え「これ,聴いたことある」という遠近法的な構成感を楽しむことができるのが魅力です。そのために長めの曲が多いのです。

どうやって勉強するか?                                                   
このようなことは楽典に関する本を読めばわかるのですが,大体はとっつきにくいものが多いようです。私たちは,演奏するのではなく聴く立場ですので,それほど専門的な知識は必要ありません。易しく,かつ深い内容を持ったものに芥川也寸志著『音楽の基礎』(岩波新書)があります。この本は一読の価値のある本です。

それぞれの曲について知るには,曲のスコアを読むという手もありますが,一般には曲の解説を集めた本やCDの解説を読めば十分だと思います。ただし,この解説の中にも,非常に理屈っぽく,難しく書かれたものもあります。そういう時は「自分が悪いのではなく,書いている人が悪い」と思う方が良いでしょう。音楽解説の本については,音楽之友社,洋泉社,立風書房,春秋社,音楽出版社といったところから沢山の本が出版されています。

OEKのプレトークでもその日のプログラムについての解説をしてもらえますが,解説者によって内容にムラがあるし,これを聴けばすべてがわかる,というものでもありません。「クラシック音楽」というのは,簡単に言うと「西洋の民族音楽」です。その背後には,美術・文学・政治をはじめとして西洋史全体が関連しています。オペラなど声楽曲の場合は,西洋の言語といった,また違った知識が必要になります。クラシック音楽を深く楽しみたい人は,日頃から何事に対しても知的好奇心を持っておくことが肝心だと思います。そうすれば,音楽についての基礎知識も自然に身につき,学ぶこと自体が楽しみになってきます。

クラシック音楽を学ぶということは,音楽を核としていろいろな教養を身につけることとも言えます。勉強というものは何か目的がないとできないものです。「コンサートで今度聴く音楽」を知りたいという目的をスタート地点として文学,絵画,歴史,言語...といろいろ幅広く勉強してみるのも楽しいものです。

   (C)OEKfan 2006